もう1つは、グローバリゼーションとのかかわりにおいて、いろいろな技術的な開発の問題、マスメディアの問題、情報ネットワーク構築の問題、そしてグローバル化が地域社会にどのような影響を与えるかという問題を指摘して議論するグローバリゼーションがあります。午前中の議論の中で、「グローカリゼーション」という言葉が出てきました。これはナンディ教授がおっしゃった言葉ですけれども、グローバリゼーションはいろいろなところで発生している。そして、どのような都市に行ってみてもグローカルという動きが出てきているということです。いろいろなところから集まった人たちが自分たちの世界を、その小さな場所の中で築きながら生きていくというグローカリゼーションが、グローバリゼーションに伴うのだということを説明されていました。
そういう意味において、グローバリゼーションというのは、一人の個人の中でも起こり得る現象だというわけです。宗教も違うし、民族も違うし、自分のアイデンティティーも違うということで、どのような解釈をするかによって違ってくるということです。それから、理論と歴史的展開という観点からみたグローバリゼーションの考え方もあります。どのようなところで生まれてきたのか、そして、グローバリゼーションはそういうところではどういう意味合いをもったかということを追求していくわけですけれども、これは昔からある方法です。2000年前にもグローバリゼーションというのは存在した。ヨーロッパの国々があちらこちらに行って探検して発見した時代がグローバリゼーションの始まりだという人たちもいるわけです。しかし、現在のように、金融、マスメディア、そしていろいろなITのネットワーク、マイグレーション(移民)というものが可能になって、新しいグローバリゼーションの側面が出てきたと語る人たちもいるわけです。そこで、どういう意味でグローバリゼーションという言葉を使っているかということを明らかにするのがまず重要だと思います。説明的な観点から、ドイツにおいてどんな影響があるかということについてまず考えてみたいと思います。
ご存じのように、ドイツというのはEUを強力に支持、支援してきた国です。それはどうしてかというと、ヨーロッパの中の一員としてドイツは存在していきたいと考えていたからということではなく、戦後の歴史の一部であったわけです。第3ライヒの犯罪、ホロコーストの経験、それによって罪の意識というものが生まれてきたということがあったわけです。それによって、新しいアイデンティティーを求めたドイツというのが存在したのです。この新しいアイデンティティーというのは、戦前の国家体制の下では見出すことができなかったものです。アイデンティティーの欠如によって、ドイツはつぶれてしまったのだと考えたわけであり、新たに自分たちの再発見をしていかなければならないということを考えたのです。