同時に、過去10年位のグローバリゼーションという現象は、広く近代における西欧列強のまた西欧世界の植民地化などを含む歴史的なプロセスを含んだ現象の新しい展開として、グローバル化というタイトルのもとで、全世界的な規模で影響を及ぼし、また問題にされていることです。これまでの西洋化、近代化は、ヨーロッパの近代とアメリカの現代を起点に、それがアジアを含む全世界を覆ってきたわけです。今いわれるグローバリゼーションも、もちろんアメリカなど強力な西洋諸国が起点になっています。たとえば政治におけるグローバル化といいますと、人権・民主化という大きな外交的スローガンのもとに進められてきたわけであります。また、経済においては金融システムや市場システムなどの一元化、また情報化というと衛星放送も含めたマスメディアの広がり、電子情報ネットワークなど―これもアメリカが中心となって促進されてきたわけです。
また、衣食住などの生活文化に関しては、いわゆるファストフード化というグローバリゼーションが非常に目立っております。これは「マクドナルド化」とアメリカの論者たちによって表現されることもありますが、現在、アジア諸国を覆っています。また、衣食住にわたるグローバル化といった場合に思い浮かべるのは、ファストフード、ジーンズ、スニーカー、コカコーラ、ディズニーとハリウッド映画、ポピュラー・ミュージック―こうしたものがアジア諸国の生活文化の中で当たり前になってきたという現象であります。これらは大衆文化と大衆娯楽といった面でのグローバリゼーションなのです。
高級なハイカルチャーにおいても、いわば高級ブランド製品が西ヨーロッパ製品を中心に世界中を席巻しています。アラブ首長国連邦のドバイ空港では、シャネルをはじめヨーロッパのハイファッション用製品が全部揃っており、中東地域の人々はそこへ買い物行くようです。シンガポール、香港、もちろん東京もソウルもこのような西欧的なハイカルチャーが支配しています。これは単に商業的な展開というだけでなく、世界を1つの文化的システムにしてしまおうという動きの1つであるとみることができますし、16世紀以来西欧列強が世界で行なってきた文化的覇権主義の今日的な現われとみることもできるでしょう。他の例でいえば、シティバンク・カードのように、世界中どこへ行ってもそれが使えるという金融システムを開発して、それを全世界にのみ込ませるということが、グローバリゼーションの背後に働くモチーフでございます。しかし、これは決してその傾向を否定し、批判して言っているわけではありません。アジアと日本も、西欧のハイファッションやシティバンク・カードの利用のよさを望み欲してきたのです。今日のグローバル化はかつての植民地化や帝国主義戦略とは違います。送り手にはそれを求める受け手が必要なのです。
同時に、コミュニケーションの手段として、例えば英語といったものが普及する。英語の強力な普及によってローカルな言葉はどうなるのかという問題があります。それから、一般的な価値観がグローバル化によってかなりの部分画一化されてしまうという問題、あるいは、各地で伝統というものが崩壊していく。シンガポールでナショナル・ヘリテージ・ソサエティーのプレジデントをされているリム先生がおっしゃっているのですが、シンガポールでもローカル・カルチャーというものを引き立てていくべきだということが、この数年強く叫ばれているのです。