公開シンポジウム
『グローバリゼーションに伴う制度と文化の変容』
平成12年12月6日 於:全日空ホテル
◆報告
○モデレーター(大河原) 昨年来、青木先生のもとに、「グローバリゼーションに伴う制度と文化の変容」に関する日本側の専門家による研究会を数回開催し、長年の研究に基づく結果の発表等を行なって参りました。本日はそれを踏まえて、海外からの専門家を交えて、討論をしていただくものです。
グローバリゼーションという言葉を聞くようになって、恐らく10年程度経つかと思います。グローバリゼーションという言葉を我々が聞きました当初においては、「グローバル化」という大きな波が世界中をひたひたと攻め寄せてくる、そして、グローバリゼーションというものは、特に冷戦後の世界において大きな1つの流れとして、むしろこれを積極的にとらえるという考え方が強かったように思います。
しかし、冷戦後約10年、その間グローバリゼーションがもたらす色々な意味合いについて、それぞれの立場からいろいろな見方が生まれてきたように思います。当初はどちらかというと、グローバリゼーションは明るい積極的な流れとして受けとめられていたものが、世界各国にいろいろな面で影響を及ぼすようになり、それに伴って、消極的、マイナス、あるいは暗い側面も見られるようになり、「グローバリゼーションに伴う光と陰」という言葉が生まれてきているように思います。
そうした中で、グローバリゼーションによってどのような事態が生じてきているのか、各国の制度や長い歴史によって鍛え上げてきた文化というものに、どのような影響がもたらされているのかということについて、じっくり専門の方々のお話を伺うという趣旨の会合でございます。
先般、フォーリン・プレスセンターが開催した、アジアのジャーナリストによる会議を傍聴する機会がありました。インターネットの普及に伴う英語の必要性という議論がそのテーマでしたが、東南アジアから来られた新聞記者の中で、シンガポールの記者はシンガポールではイングリッシュではなく「シングリッシュ」―シンガポール英語という意味でしょう―が普通であると述べ、インドネシアの記者は、インドネシアでは「イングリッシュ」―英語の“English”ではなく、“Inglish”―ということをいっておりました。我々は、絶えずジャパニーズ・イングリッシュと自嘲的な表現をしますが、このように、同じ英語というものを取り上げましても、いろいろな側面があるということをその会議が語っていたように思います。
こうしたことも考えながら、グローバリゼーションが制度と文化にどのような意味合いをもつかということを、パネルの皆様方からお話を伺いたいと思います。