図7、図8で、300m深の観測点でm+9σを超える水が見つかった測点を丸で囲って示してある。注意する必要があるのは、1972年8月の事例では黒埼・トドが埼ラインで沿岸定線の観測点でもこの高温度水が見つかっているが、1979年7月の事例では沖合定線の観測点においてのみ観測されていることである。以前の解析(永田ら、1993)においては、沿岸定線のデータのみを扱ったため、このような純粋な黒潮水の侵入に気付かなかったが、黒潮系水の侵入現象を調べるためには、現行の沿岸定線は短すぎるようである。
4. おわりに
以上、ほとんど変質を受けていない純粋な黒潮水の三陸沿岸域への侵入の現象を論じてきた。より一般的な変質した黒潮系水の侵入については、さらに検討を進めていく必要がある。別に小熊ら(2000)が、同じく岩手県水産技術センターの沿岸定線の観測資料を基にして、海況の季節変化を論じるがその結果では、図7、図8が示唆するような、沖合側の測点で高温・高塩分の水が現れ易いという傾向は見られていない。僅かに、沿岸定線観測域の南東の端に、比較的高温・高塩分の水が現れる傾向がある。このことは大規模現象を伴わない黒潮系水の侵入は、海域の南東部で起き易いことを示しているのであろう。そのような場合の高温・高塩分水の構造も深く、数百mに達しているようであるが、200m以深ではかなり変質を受けており、その水系はHanawa and Mitsudera(1987)の分類(図3)では、津軽暖流水のドメインに落ちる。この水は黒潮水と親潮水の混合によって生じたものであろう。図3からも分かるように黒潮系水と親潮系水が等密度面混合を起こすと、見かけ上、津軽暖流系の水と同じ性質を持つことになる。津軽暖流水がどれだけ南下しているか等、その終末域での特性を調べる場合等で、この海域で水塊分析を行う場合、このことを十分留意する必要がある。
三陸沖の極沿岸域において、津軽暖流水に比べてより高温の水が出現するのを、黒潮水の侵入として解釈し、漁獲との関連が論じられることが少なくない。今回の解析結果では沿岸域に変質をほとんど受けていない黒潮水が浸入してくる事例は見出せなかった。三陸極沿岸域に侵入してくるこのような高温水は、変質した黒潮水であろうと考えるが、ここで論じた時間スケール・空間スケールより小規模な黒潮系水の侵入を否定するものではない。
参考文献
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