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52] 秋の大祭

・長崎県壱岐郡郷ノ浦町長島

・旧9月12日(昭和35年頃まで行われた)

・長島地区

・木造船2隻の和船による競漕 櫓4丁 飛び手 神官または宮総代

★くじで選ばれた舟を「一の舟」「二の舟」とする。一の舟には神官が二の舟には宮総代が乗る。距離は2,300mで沖から浜に向かって漕ぎ込む。浜に乗り上げると、飛び手が飛び降り20m丘の日の丸を奪って勝敗を決める。大島とよく似ている。

 

53] 秋の大祭

・長崎県壱岐郡郷ノ浦町原島

・旧9月13日(昭和35年頃まで行われた)

・原島地区

・木造船2隻の和船による競漕 櫓4丁 飛び手(さわはる) 宮関係者

★ここでも「一の舟」「二の舟」を抽選で決める。一の舟には御幣をもった神官、二の舟には羽織・袴の宮総代が乗った。これらの様式はほとんど大島と似ている。

 

54] 勝本祭り

・長崎県壱岐郡勝本町勝本浦

・10月14日

・勝本浦地区

・木造船2隻の和船による競漕 櫓4丁 飛び手 一の舟だけ神官

★聖母神社の大祭で10月10日から14日までおこなわれ、船競漕があるのは14日である。勝本浦を東西2つに分けて、それぞれの一地区が当番制で担当する。船競漕もその地区が担当し地区のなかから漕ぎ手を選んだ。(しかし、今は地区担当がなくなり、船競漕も保存会によって行われている。)

祭の順序は、まず2つの神輿が舟に乗せられて湾内を3巡し、対岸の御仮殿に4日間お泊まりになる。その間、神官をはじめ数人の付き人も一緒に滞在する。

湾内を御神幸する舟は抽選で選ばれると御利益が多いと希望者が多かった。したがって選ばれることは大変名誉なことであった。この舟を御神舟(ミーキブネ)といったが、競漕もこの舟で行われた。こうして勝本をはじめ壱岐では船競漕を一般にミーキブネと呼んでいる。

勝本の船競漕は古くは在部と浦部の間で行われていたが、やがて浦部の東西対向に代わった。

 

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