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おわりに

 

米国においては、今のところ米国籍船や米国人船員が、海賊行為の被害、特に人命に危険が及ぶような重大な被害に遭遇しておらず、海賊対策については、官民ともにあまりよく認識されていない、というのが実態である。

 

官については、海賊対策を担う主な連邦政府機関が6官庁にも及んでいること、さらにこれを調整する機関も制度も確立していないことが明らかになった。また、米国籍船に対する海賊行為への直接の対処は、海上保安機関である沿岸警備隊の任務ではなく、主に海軍の担当であることも判った。

 

民についても意識は高くない。文中でIMOの海賊報告レポートに、自社の船舶が被害船舶として登録されていることに気がついていない船社の話が出てくるが、これはこの船社がIMOのレポートに全く注意を払っていないことの証左であり、意識の低さを裏付けている(実際の被害の有無は別として)。また、自社船や運航船に、特に海賊対策を指示していない、という船社も多かった。なお、海賊対策を採用している、という船社であっても、その具体的内容は秘密となっている。これは、対処すべき対象を考えれば当然のことである。

 

一方、米国が神経をとがらせているのは対テロ対策である。イエメンで、米海軍の駆逐艦「コール」がイスラム過激派と思われる自爆テロにより、大きな被害を出したことは記憶に新しい。米国ではクルーズ需要が旺盛であり、数多くの米国人が米国籍船、外国籍船を問わず、クルーズ客船に乗船している。軍艦さえテロの被害に遭っていることを考えれば、これらクルーズ客船に対するテロ対策が真剣に議論され、一部で実施されていることはごく自然であるといえる。なお、対テロの保安対策についても、具体的な内容は「機密」となっている。

 

以上から、米国では、テロ対策が優先されており、海賊行為は「商船に対する敵対行為」としてテロの一部に含まれている、というのが実態である。しかし、最近になって、「海賊行為は貿易障害である」という認識も生まれている。文中で記載された「ヘリテージ財団」の提言の一つであるが、この財団は、米国でも最有力なシンク・タンクの一つであり、特に歴代共和党政権に「政策任命官僚」を送り込んでいることで有名であり、ブッシュ政権に対する影響力も極めて大きい。今後の米国の政策には、引き続き注目すべきであろう。

 

 

 

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