1 はじめに
1990年初頭に冷戦構造が終結したことは世界の政治、経済情勢を大きく変えた。米国はそれ迄軍事に向けていた余力をメイド・イン・アメリカの世界市場における復権のために投入し、1980年代の日本、ドイツ製品の優位を覆し、10年後の今日では、平和時としては史上最長の経済的繁栄を謳歌している。1980年代、世界の企業は自社事業の世界的拡大、コスト低減の手段として、工場、営業拠点を世界各地に進出させ、また他事業への進出の手段として海外企業のM&Aを実行した。
しかし当時のM&Aは、国境を越えたM&Aの持つ難しさを理解しないまま実行に移され、被合併海外企業を本社の意のままに動かそうとして失敗に終ったものが多い。1980年代、日本の企業も多くの米国企業を買収しているが、1990年代に入り再度手放している例は数え上げればきりがない。
一方1990年代にコンピューターを中心とする情報技術が急速に伸び、高度情報化社会が世界的に現実のものとなった。各企業は真の意味のグローバリゼーションと高度情報技術を取り入れた一層の技術革新で生産性を改善しないと生き残れない時代に突入していることを知り、新たなM&Aを模索した。1990年代後半に活発となった真の意味のグローバリゼーションの手段としてのM&Aでは、1980年代と異なる規模の巨大化利得の追求、国境を越えた買収先への真の責任の付与が問題となっている。つまり買収先の現地の事情は現地の人のみが100%理解しうる事を本社がよく認識し、買収先に真の責任(accountability)を持たせた上で巨大化の利得を追求すべきことが各企業のトップによく認識されている。
すなわち今回のグローバリゼーションでは1980年代に買収先に与えていた定められたことを実施する責任(responsibility)からaccountabilityを重視するM&Aへと変わってきている。
現在国境を越えた新たなM&Aの波は各種の産業に及んでおり、兵器製造業の大西洋越しのM&Aが囁かれているほどである。1990年代後半の海運業の世界的M&Aの波は米国海運業の存立に重大な影響を与えているが、一段落の観があり、この辺でその実情を調査し、関係各方面に与える影響を分析し、米国海運業の将来の方向性を見極めることは意義あることと思われる。
米国海運業のM&Aを考察する前に米国海運業の現状の理解が必要である。米国海運業を強いて定義付ければ、米国に登録された米国籍船により営業として人または貨物を海上輸送する事業であり、河川、湖上輸送や非商業的輸送は含まないが、米国の場合河川、湖上輸送量が海上輸送量と同等量であり、ある程度河川、湖上輸送を理解しないと海上輸送の全体像の理解が片手落ちとなる。