米国製造業復権の動きは1980年代後半から産業界を中心に進められていたが、政府が主導的役割を果たして諸政策を実行したのはクリントン政権が最初である。当時は特に日本の製造業が過度にもてはやされた時代でもあり、日本の通産省の政策が充分研究された。
軍事技術的にみると1990年代始めは冷戦構造時代の軍事技術がそのまま用いられた。
1991年の湾岸戦争は冷戦時代の兵器のショーのごとき観を呈し、目的に対して過度の軍事技術が使用されている。その後の米国の戦略は中国の台頭を意識しながらも強大仮想敵国の制圧から局地紛争の解決を中心としたものに切り替えられていくが、軍事技術的にみて平和維持、局地紛争解決のための技術が具体化されてきたのは1990年代の終りになってからである。
さらに、1990年代の10年はコンピューターを中心とする民生技術が急速に発達し情報ハイウエーが現実のものとなって、ある分野では軍事技術に民生技術を取り込む必要が生じるほどに民生技術が進歩して、軍事技術と民生技術のレベル差がますます小さくなってきた10年といえる。
現在では、連邦軍事技術開発予算は戦争のための技術のみならずいろいろなメカニズムで軍民両用技術の開発に使われている。また、クリントン政権は軍研究所で従来開発されて活用されなかった開発成果を民生転化したり、新しい技術テーマにつき軍研究所の頭脳を導入するために国家と民間が半分ずつ資金を出し合って進めるコストシェアリング・プロジェクトを重視する一方、軍研究所の独自の開発成果や設備、頭脳を利用するメカニズムを各研究所に作らせた。
特に、クリントン政権が造船業や舶用工業を特別扱いとし、MARITECHやMARITECH ASEのコストシェアリング・プロジェクト、輸出船にも適用される新しいタイトルXI、船舶輸出及び造船所近代化債務保証を実施したことは評価に値する。
本報告書においては、まず第2章軍事技術概観において世界情勢と軍事技術の相関、舶用技術と軍事技術の相関を概観した後、舶用工業における軍事技術の代表として推進システムと電波分野の技術を取り上げ、それらの過去の変遷と将来を概観することにより軍事技術における舶用工業の位置付けを明確にする。第3章ではクリントン政権の一般的産業科学技術政策について述べた上、それらに基づく軍民転換の基本施策である技術再投資プロジェクト、先端技術プログラム、タイトルXI建造融資保証プログラム、MARITECH、MARITECH ASEについてふれ、最後に軍事技術の開発予算の変化から数値的にクリントン政権の軍事技術の民生化政策を検証する。
軍事技術の流失防止については各国とも国内法で規制しているが、強大なる軍備を有し実質的に軍事技術のリーダーである米国の国内法は規制品目数、規制内容共に網羅的であり他国法に対して指導的立場にある。冷戦時代の象徴というべき多国間輸出規制規約であるココムは冷戦後有名無実となりワッセナー・アレンジメントに代わるが、第4章においては米国内法と管理体制及びココム、ワッセナー・アレンジメントその他1990年以降の多国間輸出規制規約の現状につき述べ、更に米国における法規上の規制緩和の動きを概観する。
第5章では、軍事技術開発予算の大部分を消費する軍研究所の対民間協力について、具体的なビジネスの進め方を通じて軍事技術の民生転化の実態につき述べる。軍研究所の代表として舶用工業に最も関係の深い海軍水上戦闘技術センターのカルデロック・ディビジョンを例にとり解説する。米海軍は独自に民間企業に研究開発支援プログラムを出しているが、これらについても海軍の研究開発組織と併せて解説する。また、最後に海軍が軍民両用技術の開発に貢献している例として環境技術を取り上げ解説する。