資料:韓国銀行
(3) 大宇の経営破綻
大宇問題は、1999年7月に浮上した問題である。大宇グループは、従来より財務構造が脆弱であり、負債比率(=負債/株主資本比率)もとりわけ高い状態にあった。しかしながら、資金繰りの悪化が表面化し、本格的に解体に向かったのは、1999年7月以降であった。問題の発端は、大宇グループが1999年7月末に償還予定の債務の償還延長を債権銀行団に要請したことであった。それに対し、金融監督委員会では、大宇の自力再建を放棄し、銀行債権団に再建を要請した。それに引き続き、大宇の創業者であり当時の大宇グループ会長が退陣を表明し、ここで大宇グループの解体が決定した。
大宇(商社)、大宇自動車等の主力企業の財務構造が脆弱であった上、通信部門や、双竜グループから引き取った自動車部門の収益が停滞を続けたことが、グループ解体の原因となった。そのため、銀行債権団では、大宇グループを自動車中心の専門集団に再編すると共に、事業改善に取り組み、それ以外の事業については、事業改善に取り組みつつ外部に売却を行うこととした。このような中で、大宇重工業については、2000年10月に企業分割が実施された。
(4) 今後の4大部門の改革スケジュール
4大部門の改革は、依然、改革のプロセスにあり、特に、金融部門、企業部門を中心に多くの問題が残されている。