第1は汀線近傍に土砂を投入すれば海浜勾配がもとの勾配より急になるため選択した粒径に見合うような縦断形の変化(縦断方向の侵食・堆積)が起こって期待通り砂浜幅を確保することはかなり難しいこと、第2には局所的に汀線が突出したために図示するように両側に向いた沿岸漂砂が発生し、養浜箇所に砂は止まらず、両側へと流出することである。汀線を前進させるには両側に突堤状の施設D、D'を設けなければならなくなる。しかしそこまでして緩傾斜護岸を造りたいがために海浜幅を広げることにどれだけの意味があるか疑問である。
侵食性の海岸においてはさらに問題が起きやすい。侵食性海岸とは、時間経過とともにXAが減少しつつある海岸のことである。すなわちXA-XBが時間的に減少しつつある海岸であるから、そのような海岸で緩傾斜護岸ののり先を海側に突出させることは、砂浜幅(XA-xf)を自然的要因のみではなく人工的要因によっても急速に減少させることになる。
まとめ
千倉海岸の事例で見たように、「保全」に係わる問題と比較して、「利用」と「環境」に関しては様々な議論が可能である。そして「利用」と「環境」にかかる問題は定量的評価が難しく、誰もが一家言を有することができるために合意の形成が難しい。筆者自身は、極力自然海岸をそのまま次世代に引き継ぐことが重要と考えている。しかしながら地域によっては別の選択のほうが望ましいという意見に至ることもあろう。かくして小規模ではあるが、地先ごとに海岸の人工化が進み、多くの人々が気付いたときには時既に遅く、長い海岸線の大部分が人工化されてしまったという事態に至ることを恐れる。その前にできる限り多くの人々に実状を知ってもらい、広範な議論をしてよき方向性を納得の上で見出すことが必要と考える。
北の脇海岸での緩傾斜護岸の建設は、新海岸法の精神を部分的に取れば、海岸の景観を安全に楽しむ方策であり、また直立護岸から汀線へのアクセスの改良に繋がったのであり、そのため一部の砂浜が狭まったのはしかたがない、と強弁することも可能であろう。しかし、世界のいずれの国を見てもそのような例を見出すのが困難なような緩傾斜護岸による砂浜の喪失を招き、波浪に対して脆弱な施設を造る方法の正当化は理屈に合わないと考える。
以上のことから、直立護岸を緩傾斜化することは本来最も大切な緩衝帯としての砂浜を失い、砂浜およびその近傍における生態系を破壊する恐れが大きいのでこうした可能性が大きい場所での使用はやめるべき、と筆者は主張したい。
参考文献
1) 宇多高明・芹沢真澄・三波俊郎・古池鋼・清野聡子(1999):緩傾斜堤に係わる様々な問題点の整理、海洋開発論文集、第15巻、pp.523-528。