L 北極圏環境と永久凍土 ―地球温暖化がシベリア永久凍土に与える影響―
福田正己 (北海道大学低温科学研究所教授)
はじめに
最近100年間で地球の平均気温は0.4℃上昇した。これは地球の歴史で最も急激な温暖化といえる。約2万年前の最終氷期には、地球の気温は現在よりも10℃低下していた。約1.3万年前に最終氷期が終わり、後氷期になって地球温暖化が進行したが、この1万年間での温度上昇(+10℃)は、100年あたりに換算すると0.1℃の温度上昇である。氷期から後氷期への温暖化に比べて、現在進行している温暖化は、約4倍の急上昇にあたる。こうした、急激な温暖化は地球環境に様々な影響を与えている。氷河・氷床の融解による海面上昇や地域的な降水量の変動、植生や陸水循環系の変動など、相互に関連する異変が発生しつつある。
地球の陸地全体の15%を占める永久凍土も大きな変化を遂げつつある。氷河や氷床は地表面に露出しているために、温暖化には敏感に反応し、消長や後退となるが、永久凍土はその変化が見えにくい。しかし、永久凍土はその撹乱によって、大気へ温暖化効果ガスを放出するために、単に温暖化によって受動的に変化するだけでなく、将来の温暖化を促進するという能動的な働きを示す。ここが氷河・氷床の温暖化への応答と異なる点である。本報告では、長期変動と短期変動の双方に対し、シベリア永久凍土がどのように応答し、また将来の気候変動にどのような影響を与えるかについて紹介する。
シベリア永久凍土の分布
地球上での永久凍土と氷河・氷床という雪氷圏(Cryosphere)の分布は、最終氷期と現在ではその分布比率が異なっている。まず現在の北半球永久凍土の分布図を図-1に示す。ロシアは国土の55%が永久凍土地域であり、アラスカも90%が永久凍土地域で占められている。水平的にも垂直的にも途切れることがなく、永久凍土が分布するのが連続的永久凍土で、部分的に途切れるのが不連続的永久凍土で、いずれも極・亜極域に広がる。中緯度にも不連続的永久凍土が分布するが、そこは平均高度が5000m以上のチベット高原である。それを山岳永久凍土とも呼ぶ。北海道大雪山や富士山頂にも、山岳永久凍土が発達している。北極海の海底化にも永久凍土が形成されていることが、石油・天然ガス開発で明らかになった。これは、約2万年前の最終氷期に、海面が約120m低下し、大陸棚が陸化したときに形成された永久凍土が、後氷期の海面上昇のため沈水したために、残存している。