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I 海洋動物の多様性とその環境

大森信 (東京水産大学水産学部教授)

西平守孝 (東北大学大学院理学研究科教授)

 

I. 研究の概略

地球上に生息する動物の種類がどのくらいあるかは、まだよくわかっていない。現在知られているものは約140万種だが、実際に生息する種の数は、少なくともその100倍以上に達するという学者の考えもある。動物門を細かく分けると、原生動物の諸門は除外して38門になる。このうち最も種類数が多いのは昆虫類を主体とする単肢動物門で、約100万種が陸上と陸水で生活している。しかし、海と陸とを門の数で比較すると、陸上でしか見つかっていないのは2門だけなのに対して、実に19門の動物は海洋にだけ住んでいる。昆虫類を除くと、地球上の生物種の65%が海で生活しているといわれている。そして、海洋における生物の豊かさは、一つには、主要な動物群が太古の海で分化したという歴史的背景によるものと考えられている。

近年、生息環境の劣化及び生態系の撹乱によって、野生生物の数が過去にない速度で絶滅しつつある。現在、毎日100種以上が地球上から姿を消しており、年間の絶滅速度は、1900年を1種とすると、1975〜2000年には4万種に及ぶだろうと推定されている。これは実に恐竜時代の役4千万倍にも相当する。但し、この数字は陸上での推定数であって、海洋での変化については、私たちはほとんど知らない。

生物多様性(以下、多様性)は、地球上の生物の多様さとともに、その生息環境の多様さをあらわす概念であり、「種の多様性」ばかりでなく、「生態系(または生態)の多様性」「種内(個体群、遺伝子)の多様性」という三つのレベルからとらえられている。生物多様性とその生態的機能との結びつきは、いくつかの環境では必ずしも明確にされておらず、研究の過程にあるが、豊かな生物の多様性を維持することは、地球生態系の一員として、他の生物と共存している人類にとって好ましいことであり、人類が公的な環境のもとで生活しながら、多様な生物種や遺伝子を食料、医療、科学等の資源として、いつまでも、幅広く利用することにつながる大切な課題であるという共通の認識がある。

地球上で海が占める面積は70%以上であることはよく知られている。しかし、生命を育む環境の容積を海洋と陸で比べると、海洋は実に99%を占める。21世紀までに地球上の人口は百億を超え、しかもその70%近くが沿岸から100km以内に住むという事態を考えれば、汚染や沿岸の改変や生物資源の過剰な利用によって、海洋と沿岸域の生物の多様性は今後ますます損なわれていくに違いない。

これに関して、国連環境計画(UNEP)は、生物多様性の保全のための条約の必要性を1987年管理理事会で検討し、1990年から条約交渉を開始した。その後、「生物多様性に関する条約」が採択され、我が国も1993年に条約を締約した。そして同年12月、この条約は発効した。

この条約は、1、地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全し、2、生物の多様な構成要素(生物資源)を持続可能であるように利用し、3、その利用から生ずる利益を公正かつ平等に分配すること、を目的とするものである。

このような状況にも関わらず、近年、人間活動の増加に伴う多様性の減少が心配されている。サンゴ礁の白化現象とその後に見られたサンゴ礁生物群集の変化は、地球環境の急激な変動が海の生物にどのような影響をもたらすかを、目に見える形で私たちに示した自然の警鐘であった。しかし、私たちは海洋動物の多様性の維持機構や、場所によって異なる生物群集がどの様な進化や環境の変化の過程でできてきたのかについては、まだ十分に理解していない。また、このような海の生物界の変化が人間の陸上生活にどの様に結びつくかについての私たちの関心は高くない。

 

 

 

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