G 水界から陸界へ―1 ―植物の上陸と海への回帰―
西田治文 (中央大学理工学部教授)
【序文】
水豊かな青い惑星として特徴づけられている地球は、水と不可分の関係にある生命という視点からもとらえることができる。そのような視点からは、地球は植物に覆われた地表を持つ緑の惑星としても特徴づけられる。本研究では、この緑すなわち陸上の植物について、その起源、上陸への戦略、地球生命系の進化に果たしている役割、人類との関わり、上陸後の水界との接点、特に海への回帰について資料収集を行い、一般にわかりやすい形で社会にその知識を還元することを目的とする。
本報告書は財団法人日本科学協会の企画になる「海洋に関する基盤研究(水惑星プロジェクト)」の一画をなすものであり、報告者が同協会との契約に基づき1998年度から1999年度にかけて行った研究題目「水界から陸界へ―1」―植物の上陸と海への回帰―の成果をまとめたものである。ただし、本研究の主要部分は1999年度に終了しており、2000年度はオブザーバーとして研究会に参加しながら、研究成果の改訂をめざした。本報告書は2000年度報告書を加筆改訂し、新たな資料を加えたものである。
【本文】
ヒト・植物・海
人類は生態学的に見ると高次の消費者である。自然界から人類が摂取する食糧とエネルギーのほとんどは、もとをたどれば太陽エネルギーを植物が固定したものである。1980年代後半に人間が利用した光合成産物は、地球上の植物生産の40%にものぼる。特に食糧源としての植物は、人類にとって不可欠である。1万年前から人類の多くは、農耕と牧畜によって主食と主要なタンパク源を確保してきた。しかし、我々が日常口にする多彩な食材の多くは、今でも自然からの直接の恵みに頼っている。現在地球上には水中の藻類を含めて、推定で30万から50万種にのぼる植物がある。認知されているものだけでも28万種近い。そのうち人類が栽培利用している植物はわずか100種ほどであるが、それ以外に自然界で人類が直接間接に利用してきた植物は1万種を超えるといわれる。
生命はおそらく海で起源し、まず海中で多様化した。植物もその前身である光合成細菌の時代から海中で光合成をはじめ、藻類として海中や淡水中で多様化を続けながら、現在の酸素豊かな大気を作り出してきた。一方、地球の歴史の9割近くの間、地上は無生物であった。地上に生物が進出したのは今からわずか4〜5億年ほど前のことである。しかし、現在の地球の生物すべての重さのうち、99%は植物で、しかもその大部分は陸に生育する。地上はすべてが緑に覆われているわけではないが、それでも地球上の生物生産の三分の二は陸上植物がおこなっている。このことは、陸上の植物が今や人類のみならず、他の生物の生活のかなりの部分を支えていることを意味する。それは、陸地に限られたことではない。植物が誕生した海にとっても陸上の植生は欠かせないものとなっている。陸上植生の中で最も多様性に富み生産力も高い森林は、海との関わりが特に強い。
El bosque es la mama del mar. 森は海の母である
スペインの漁民はこのように言い伝えている。三陸のリアス式海岸でカキの養殖をしながら、「森は海の恋人」運動を主催している畠山重篤氏も、同じように森が海を育てると主張している(畠山重篤、1999)。