このリボザイムは5-ヒドロキシシチジンというヌクレオシドの一種で、シチジンの5位が水酸化された形をしている。5-ヒドロキシシチジンはフェリシアン化カリウムとNADH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの還元型)の酸化還元反応を触媒する。5-ヒドロキシシチジンは先に述べたチェックの発見したリボザイムとほぼ同じくらいの触媒効率をもっている。だから、5-ヒドロキシシチジンは最小のリボザイムといえる。5-ヒドロキシシチジンは、もっと大きなリボザイムの中の活性中心を形成している成分であると思われる。この最小のリボザイムは、これまでのリボザイムとは全く異なる新しいタイプの物質代謝に関与するリボザイムである。
パラドックスの検証
自己複製できる触媒機能をもったリボザイムのようなRNAが、最初に出現したのであろうか。核酸が最初出現したとする説は、先に述べたセントラルドグマとも合致しているので受け入れやすいが、しかし次のような問題点もある。(1)リボザイムはRNA重合活性をもっていると言われているが、実際は不均化反応、すなわち1個切断し、1個つなげるジスムターゼ活性であり、鎖長延長はある長さで止まってしまい、長鎖のヌクレオチドは得られない。それゆえ、自己複製する本当のRNAはまだ見つかっていない。(2)リボザイムが古い生物の化石であることの証明がまだ不足している。(3)原始RNAは果たしてモノヌクレオチドから合成されたのであろうか、リボザイムのような触媒活性をもつ数百残基ほどのポリヌクレオチドが、どのようにして合成されたのであろうか。現段階では40〜50残基ほどのオリゴヌクレオチドを無生物的に合成できる。しかし、これは実験室内でのモデル系での結果であり、鋳型なしで合成すること、選択的に3'、5'-リン酸ジエステル結合をつくることがまだ困難である。(4)RNAだけでどのようにしてタンパク質を合成できるシステムを構築したのであろうか。
一方、タンパク質が先に出現した根拠として、次のような理由が考えられる。(1)隕石中にはアミノ酸が、核酸よりも豊富に存在しており、宇宙化学的にもアミノ酸の方が核酸よりもできやすい。(2)可能な原始地球環境下での模擬実験で、ポリペプチドの方がポリヌクレオチドよりもはるかに合成されやすい。(3)私たちはこれまでに無生物的に合成されたポリペプチドは、すでに有意な立体構造と触媒活性をもっていることを明かにしている。(4)アミノ酸を種々の原始地球環境下(干潟、温かい海、海底の高温熱水噴出孔)で、反応させると細胞様構造ができることなどである。
もっともらしいシナリオ
原始時代のRNAとタンパク質の関係は、次のようなシナリオで展開していったと考えられる。
無生物的条件下で生命の構成物質が合成されることは、化学進化の模擬実験、隕石中の有機物の分析、彗星や宇宙空間における有機物の観測などから明らかにされている。それゆえ、原始地球上で形成された原始スープの中には、アミノ酸やモノヌクレオチドなど多種多様な有機物が含まれていた。原始スープ中のモノヌクレオチドは、自分自身で集合したり、鋳型や粘土表面上に集合したりして、ランダムに重合を繰り返して徐々に鎖長を延長していったと考えられる。
この中で、自己切断、自己スプライシング、自己複製などの機能をもつものが現れ、さらに電子や原子の転移を伴う酸化還元反応や基の転移反応を触媒する機能をもつRNAが現れ、RNAの触媒作用で作動する代謝系が発生、進化し、RNAワールドを構築した。一方、原始スープ中のアミノ酸も無生物的に重縮合し、20〜40残基のポリペプチドを形成した。