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はじめに

 

ヒトが初めて宇宙空間へ旅立った記念すべきその時、宇宙飛行士の口から発せられた「地球は青かった」の一言が、科学史、科学技術史においてのみならず、人類史上の一大エポックを築き上げる発端となったのは間違いない。それは単に大景観としての美しさとか苦難を克服した快挙についての感情発露というだけでなく、地球がまさしく“水惑星”であるという本質そのものを見事に捉えた画期的感動表現であったからに他ならない。

以来、水の惑星(アクア・プラネット)(aqua planet; water planet)という用語は、比較惑星科学の中にあって一つのシンボリックな言葉ともなり、他の惑星やそれらの衛星、あるいは彗星、宇宙空間等に水が占める位置づけを論じる際のキーワードともなってきている。

地球自体についてみるならば、地球環境の一大要素としての水循環システムにおける変動ダイナミクスの解明そのものが、世界共通の課題となって地球環境問題解決につながるとする重い事実もある。

水という物質自体が具えている物理的化学的特性と、そこに由来する多様な反応系の状況は、同時にヒトの世界を含む生物界における重要な社会要因、環境要因をなすわけでもあって、特定された「地球環境問題」の理解に先立ち、“水惑星”としての地球特性そのものの一般的理解とその意味するところの重大性に関する広い社会認識が訴求されねばならないのである。

本研究は、上記の主旨を戴して、旧来の要素還元型思考の枠を越え、複雑系の総合的かつシステム的理解へ向けての一つのアプローチとして既存分野における斯界のエキスパートによる相互乗り入れ型地球研究・理解の推進を図るべく計画立案されたものである。

幸い日本財団の深いご理解とご支援を頂いて「海洋科学から見る水惑星の多角的視点に立つ基盤研究」プロジェクトとして、3年間にわたる研究調査期間を持つことができ、然るべき研究者集団を形成する機会が得られた。本報告はその成果物であるが、言うまでもなく直ちに結論に達するような研究課題ではなく、水惑星の本質に迫るのにいかに多種多様な方策と思考が大切であるかという実例を認識することが大きな目的と言える。

複雑系の研究というものは、常に進捗しつつあるものであり終結はない。現時点における理解レベルをいかに効果的に見出し、地球に対する正しい認識のグレードをいかに高めてゆくかが根本姿勢となるものである。と同時に、研究手法や思考自体の改良・発展もそこから生み出されるのであり、かつまた、一般社会における地球理解ないしは海理解のレベル・アップを大きく援けることにつながる。

他方、国内問題としてこれを見るならば、地球環境問題理解への貢献もさることながら、教育・学習の局面にとっても意義は大きい。四周を海に囲まれた数多くの島々からなる日本列島の生活環境としての海洋の理解こそが真の国土意識形成を支えるものであることは当然であり、例えば制度教育での“総合的な学習”にとり上げられるべき絶好の課題資源でもあるし、さらに真の生涯学習にあっての幅広い「海理解」への一助となる諸課題を提供するものとなることは疑いない。

それ故に、事門分野での研究の徒としての“正統的”研究成果のまとめと同時に、それによって立つ多くの資料ならびに普及の策の一端を担うQ&A集をセットとした本研究報告書が企画されるに至ったのである。研究は、テーマ・手法・まとめのいずれもが各研究者の個性豊かな性格、つまりユニークネスの上に成り立っているものではあるが、その一般化という事業もまた研究者のタスクの一つであり得るとする日本科学協会の伝統的認識・発想を上のせした企画となってもいることを理解していただく必要があろう。

報告書は本来広く一般に向けて開かれるべき性格を持つ素材群からなるものであることは間違いないが、公表に先立ってはさらにその局面に対し最も適切な手段や体裁に変容させることもまた劣らず重要である。原資料・原素材の活用は、今後一層積極的に取り組まねばならない大きな、しかも必須の基本的な事後処理であることは言うまでもない。

報告書一式の提出にあたり、長びく不況の中格別の御理解をいただいたうえ、多大の助成を賜った日本財団に対して深甚なる謝意を表するものである。個別の研究進展を支援していただいたことに関し、プロジェクト参加者一同に代わって、ここに衷心より御礼申し上げたい。

 

2001年3月

財団法人 日本科学協会

理事長 濱田隆士

 

 

 

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