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11:10〜11:50 「国際医療協力の現状」

国際医療福祉大学医療福祉学部長・笹川記念保健協力財団常務理事 紀伊國献三 先生

 

・日本では、かつてはハンセン病患者は乞食をして食べて行かざるをえなかったのだが、そこに最初に手を差し伸べたのは外国人宣教師であった。笹川良一氏はハシセン病に目を向けるようになり、日本では少なくなったハンセン病患者が諸外国にはまだ沢山いるということで、今度は日本から援助する番だという気持ちを持った。そこでWHOにハンセン病撲滅のためにと百万ドルの資金援助を行った。これを天然痘にも回したいといった当時のWHO事務局長のマーラー氏に対し、笹川氏はWHOが一番有効だと思う方法で使うように、と言った。援助が『ヒモ付き』でないことはマーラー氏のモチベーションを高めた。

・マーラー事務局長時代にWHOの採択したアルマータ宣言(1978)では、“Health for all”(2000年までに世界中全ての人々に健康を)の概念とPHC (primary health care) の概念が提唱された。現在、この宣言の2000年までの実現は難しいとされているが、その重要性は失われていない。PHCの概念を技術のこととして捉える人が多いが、これが示すのは『医療の原点に帰れ』ということである。医療の基本は人間間のあらゆる格差を排除して、健康でいるためのあらゆる努力をすることである。

Health for allの理念の具体例として、WHOのDrug Policyが挙げられる。(安く最低限の薬が全ての人にいきわたるようにと20万種である。)予防は貧富を問わずできることだが、治療はお金がないとできない。極論であるが保健婦などのいない場所で衛生教育をする上で、呪い師や占い師に泥水を子供に飲ませない教育をするのもPHCである。

・WHOにおける健康の定義は最初、mentaly・physically・sociallyにWell beingな状態とされた。その後、アルマータ宣言によって生産性が維持できることとされた。身体に不自由があっても杜会が誇りを持てる仕事を与えれば、人間として生きる力や、誇りをもち、健康に生きることができる。

・戦後の日本国憲法では、基本的人権と民主主義がうたわれたが、らい予防法を撤回できなかった。

 

11:50〜12:30 「開発途上国における寄生虫症の現況と国際寄生虫対策」

慶應義塾大学医学部熱帯医学・寄生虫学教授 竹内勤 先生

 

・マラリア

・土壌伝播線虫

 

 

 

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