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「ひかりごけ」の再演で思ったことだが、初演の浅利慶太の、心理劇・法廷劇としての緊迫した抽象舞台は鮮烈な印象と感動を与えたが、再演の加藤直は各人物に生きたドラマを与え、それらを拮抗させ、台詞に肉体を与え、浅利演出と質感を異にする新しい視点をこのオペラにもたらした。異なった演出により、また新しい作品の魅力がうかび上がったのである。この「素戔嗚」も、また異なった演出で再演があれば、われわれが気付かなかった魅力も出て来よう。第三幕「出雲」におけるオーケストレーションの凄絶を極めた迫力は、聴くものの息を止め兼ねないほどだった。

 

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▲オペラ「建・TAKERU」C]三枝近志

 

そうして團伊玖磨の新しいオペラ、第七作は「新国立劇場」オープニングのための「建・TAKERU」('97)である。

グランド・オペラとしての骨格を持ち、日本で最初の国立のオペラ劇場となる《新国立劇場》の柿落としにふさわしい、祝祭性のある演目を実現し得る作曲家となれば、衆目の一致するところ、團伊玖磨氏をおいて他はあるまい。氏のこれまでの六つのオペラを見ても当然の流れである。次の世代を拓く新しい作品の要望は当然のことであり、当時この劇場の芸術監督を務めていた私は、氏のところへ赴いた。

氏は少し期間をおいて二つの題材を示した。岡倉天心の「白狐」と「日本武尊」である。「白狐」は英語で台本が書かれているが、作曲に当たっては木下順二の日本語訳を用いるということだった。「東洋の心」「茶の本」で親しんだ岡倉天心にも心が動いたが、やはり「日本武尊」の物語は「記紀」を通じ、日本の神話としてよく知られた人物の上、猿之助スーパー歌舞伎「ヤマト・タケル」再度のロング・ランもあり、三枝成彰の壮大なカンタータ「ヤマト・タケル」も毎年演奏されており、手塚治虫の「火の鳥」も若い世代にあって今なお読まれている国民的英雄である。「白狐」も棄て難いが日本武尊の存在の強さは大きかった。タケル物語にはいろいろエピソードも多く、ドラマティックな展開もある。私はまず熊襲を討ったあたりを導入にしては、と提案したが、「そういうハナシはこのオペラには考えてません」と團氏に一蹴された。「女装しクマソに近づき酔わせて一突きに」というドラマは全く氏の頭にはなく、それから会合を重ねるたびに、氏が更に深いところからこのオペラを発想していることを理解するにつれ、私は自分の未熟な「タケル」を恥じた事だった。

 

 

 

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