―そうした事が謂わば当り前になって来た事は、明治の人達の単純な考えの“追いつけ”を皆でもう果たしたという事です。次は“追いこせ”だ、などと思ってはいけません。音楽はオリンピックではありません。音楽とは協和であり、追いついてという意味は世界人となって皆で世界の人達と一緒に仲良く世界の音楽をすれぱ良いのです。
その事は、時代は移入ばかりで無く、発信の時代が来た事を物語っています。そのためには、中国の古書「戦国策」の中の「先ず隗(かい)より始めよ」の故事を思い出します。―この意味は、遠大な事をなす時は、先ず卑近な事から始めよ、という意味から転じて、物事は、まず言い出した者が着手す可きであるという意、と岩波の「広辞苑」にあります。
隗より始む。発信を論ずるならば、先ず発信せよ。その精神でこの「DAN YEAR 2000」は組み立てられ、細部に到る迄の実行が検討されました。九州で書いたもの、北海道で書いたもの、アメリカで書いたもの、中近東で書いたもの、中国で書いたもの、―そして種類も路上の歯簿のための行進曲もあるし、中年の頃情熱を傾けた120本の劇映画、ドキュメント映画の中から、フィルムの破損が少なく、上映に堪える22本の連続上映を申し出られた横浜シネマジャック&ベティの福寿祁久雄館主のような方もあります。そうして集まった総意のようなものが、神奈川以外の地方をも含めて31演目が決まって行きました。―極く自然理に。いつの間にか書き溜めていた室内楽のコンサートなどは、通常よりコンサートとしての時間がながく、ロング・コンサートと銘打つ可きだとも言われたりします。
いずれにしても広いジャンルの方々の御協力で、私にとっても初めてで、最後の経験にもなるだろうこの大きな企画を、神奈川芸術文化財団を核に、北は北海道から南は九州迄の参加公演も含めて、聴く人の心に、出演されるアーティストと一丸となって、大きな音楽の花束を捧げたいと思うのです。