このたび神奈川県、横須賀市、横浜市、そしてあまたの組織、楽友の深い理解と共感に依って、私の60年間の創作の大半を続演、鳥瞰する「DAN YEAR 2000」を開催することになりました。2000年6月11日(日)の天皇・皇后両陛下御臨席のもとによこすか芸術劇場で上演されるオペラ「夕鶴」を皮切りとして、10月15日(日)の特別記念日のイヴェントを通過して、最終の3月11日(日)に一晩の歌曲集イヴァン・ゴル作・堀口大學訳「マレー乙女の歌へる(全30曲)」の初演を以って一連の演奏を終わります。
幸いこの期間に交響曲は6曲総べてを演奏致しますが、オペラは全7曲中2曲、歌曲、合唱曲は全作品中約3分の1、各地方の参加公演の曲目を加えて約半数が並びます。残りの曲は又の機会に譲る事として、何故このような企画が生まれ、実現に至ったかを、作曲者と、神奈川芸術文化財団理事長、横須賀シアターセンター副理事長の立ち場を重複している私から、少々説明しておきましょう。
私は神奈川と横須賀の芸術文化財団に関わりを持つようになって以来、特に文化は常に“発信”を明確な基礎に据えて推進・実行せねば、日本はいつ迄も世界文化の“借り手”であり“模倣者”であるという汚名を払拭出来ぬ旨を説いて来ました。こうした発想を自信を以って持てるようになった理由は、明治の欧米文化の移入以来、異文化摂取の致し方無い方法であったにせよ、所謂“脱亜入欧”の方法であった筈のものがいつの間にか体質に取って代わり、模倣を以って思想とするような悲しい時代が長く続いた後、ようようこの三十年程前から、日本の進んだ音楽家達の思想的、技術的水準が上がり、明治の初め、追いつけ・追い越せを夢見た先覚者達の夢が実って、追いつく所迄来たからに外なりません。例えば今回出演するアーティストの殆んどは、海外と日本での演奏活動を並行して行っていて、笛の赤尾さんがウィーンのムジーク・フェラインザールで吹いていたり、ソプラノの足立さつきさんがモスクワのノバヤ・オペラで「夕鶴」を歌っていたり、ヴァイオリンの小林さんや若い川田さんがヨーロッパでリサイタルを開いたり、メツォの永井さんがベルリンオペラで歌っていたり、ピアノの中村さんがワシントンで弾いていたり、ソプラノの佐藤さんがウィーンのオペラで歌っていたり、セロの吉井君がウィーン・シンフォニカーのトップ・ソロ・セリストを勤めていたり、―詰まり一昔、二昔前とは異なって、海外で一流の活動をしている人達ばかりなのです。