それと、極めて悲観的に物事や自分の状況を考えてしまうなどで、背景にはうつ状態もあるように思われます。
精神医学的には58歳といういわゆる退行期という世代にあり、うつ症状も否定できず、妄想はあるが、内容的には悲観的な俗にいう景気の悪い妄想といった印象などから、妄想が前景に出ている退行期うつ病か、退行期妄想状態とするのが妥当のように思われます。
そうだとすると、発症の要因は、年齢やこのような状態を引き起こしやすい本人の素因の方に傾き、骨折という外傷による精神的なショックが主たる要因ではないということになります。
[第2巻退行期うつ病参照]
なお、ここでは治療的な問題についてはふれません。
―この精神疾患は労働災害として認定されるかどうか―
労働災害と認定するためには、その疾患の発症が業務との因果関係があるかどうかという点にあることは、労働災害のところで述べました。
この事例の場合は、精神疾患の発症の要因が、業務上起こった外傷による精神的な影響というより、それ以外のことにウエイトがあるということになれば、労働災害と認定するのは困難であるという結論になるかと思われます。
しかし、この精神疾患の発症が、外傷―業務上―の後であること。これまでに精神疾患に罹ったことがないという事実があるわけです。精神疾患発症の要因のところで説明しましたが、この外傷が発症の一つのきっかけになったことも否定はできません。
前に述べた診断も、医師によっては、この外傷が元になっての反応性の精神疾患と考えるという可能性も出てきます。
したがって、この事例では、発症の要因から考えて、労働災害と認定するには馴染まないという意見の方が多くなるようには思いますが、認定されてもされなくても問題が出てくる事例かもしれません。
精神疾患の場合は、要因をそう簡単には決定しきれないということと、診断についても医師によって意見が異なることがあるという点で、認定上問題となることも少なくありません。
労働災害の認定は、決して切り捨て主義ではありませんが、やはり、事実に対して是々非々で対応する姿勢は必要であろうかと思います。
【参考】
第3巻 2 中高年の健康管理
(4) 中高年の精神疾患
6 精神疾患と労働災害