筆者が、この仕事についた当初は、企業を訪ね、そうした要素も含めて「個の確立」という話をすると、まったく耳を貸してはもらえませんでした。「会社(組織)があって個人がある。会社(組織)が豊かになれば個人が豊かになる」というのが企業の言い分であり、高度成長期の当時はそういう認識が一般的でした。だが、「個人があって会社(組織)があるという視点を持つべきだ」というのが、当時も今も変わらない筆者の考えです。日本において経営に心理学の導入が進んでいるのもそのためです。企業内モラールの向上や、消費者主権の社会に企業が適応するなど、経営に心理学が役立つことが分かってきたためと言われています。
また、長年にわたって、悩むことのマイナスイメージも払拭しようと努めてきました。<悩むのはその人が自分で考えているからこそであり、そこから自分の意見やアイデアも出てきます。個人が考えなければ組織も変わっていけません。悩まない人、つまり考えない人は、会社に依存して自分を合わせることにエネルギーを使って、どこかで自分を殺していく。それでいいのか?>そうした問いかけをしても、以前の経営層は一笑に付したものです。それが今では「社員の自立」が企業にとって一つのキーワードになっています。筆者が1978年に書いた著書『変革期の産業カウンセリング』は<企業は悩まない社員を喜べるか?悩まない社員を抱えた企業は発展するか?>という疑問を提起したものです。
(2) 職場におけるカウンセリングをいかに実践するか
「カウンセリング・マインド」という言葉が一般的によく使われるようになり、カウンセリング的なコミュニケーションの方法について、様々な分野で興味がもたれるようになりました。カウンセリング・マインドとは、人と人とのコミュニケーションにおける基本的な心得であり、決して特別なことではありません。今後、職場の管理者がカウンセリング・マインドを自分のものとし実践していくために、まずカウンセリングがアメリカにおいてなぜ発展してきたのかを知っておくことが役に立つでしよう。