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さらに、先般の「配偶者間からの暴力および被害者の保護に関する法律」(いわゆるDV防止法)の成立はこの宣言をさらに決定的なものにする。従来、家族という組織は私事であり、社会的な介入とは相容れないという伝統的な立場がこれによって変化していくことになろう。従前の『家族=私事』という観点は、「家族は基本的に信頼できる存在である」という『家族=善』説に立脚したものだと言えるが、そうしたパラダイムが大きく転換しようとしているのではないだろうか。今回の両法の成立・施行は、確かに、現状の重大さや制度の不十分さになにがしかが期待できるといった性質のものではない。しかし、パラダイムの転換という大きなうねりのなかで、その質的な意味は大きい。

では、このようなパラダイムの転換のエネルギーはどこからきたのだろうか。今回の法律が議員立法であることを見てもわかるように、行政システムからでないことは明らかである。であるとしたら、おそらく「市民」ということだろう。子ども虐待の被害者や犯罪被害者への支援を行う民間のネットワークや相談機関は、現在、全国に数十ヶ所を数えるが、こうしたネットワークが生まれたのはほんのこの数年のことである。つまり、こうした、かつては「過ぎたこととして忘れなさい」といった態度が向けられてきた人たちへの支援や人権に対する意識が急激に高まることで、パラダイムの転換への胎動が生まれたのではないか。であるとするなら、こうした民間のネットワークの意義は非常に大きい。

民間のネットワークの意義という点に関して、もう一つ指摘しておかねばならないことがある。今日、わが国の精神文化は非常に大きな危機に瀕しており、それが子どもの虐待や従来の枠組みでは捉えきれないような犯罪の増加という現象として現れてきているのではないか。そして、こういった現象は、わが国の精神文化が『信仰』を喪ったことに深く関係しているのではないだろうか。私には、『神の住まぬ国』日本に暮らす人々が「誰からも守られぬ」不安と孤独を抱え、虐待や犯罪へと向かっているように思えてならない。さりとて、いまさら『神』を求めることもできまい。であるとしたら、神の成せる業を人の手で行なうしかないということになる。この人の手による『神業』を成す手立ての一つが、被害者相談室などを中心とした人々のつながりなのではないだろうか。

私の怠慢のゆえ、本来私に与えられたテーマである「振り返り」とはほとんど無縁の文章となってしまった。しかし、最後に何とか相談室の存在意義といったところに関連付けることができたようで、いささかほっとしている。今後は、こういった状況に陥らないよう日頃から自分の役割を果たさねば、と心に誓う次第である。

 

 

 

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