作用法的なレベルでは、わが国の公務員たる海上保安官の権限行使について、国際法を踏まえた規制規範がかかってくるのであるが、海上保安庁法の権限分配の規定が、公海上に及ぶことそれ自体は、まさにそれが組織規範であるがゆえに、解釈論上問題にならないのであろう。この要素は、海上警察権を執行する行政機関の権限を定める場合に、事柄の性質上組織規範に頼らざるを得ないことをあらわしているとも考えられる。
いずれにしても、今回紹介した5つの事例は、国内行政法上、海上保安官が、海上における人命・財産の保護のために、要請を受けた救助の措置、捜索の措置を取ったということで、説明することができる。その際に用いられた措置の具体的内容(船舶への立入検査、職務質問等)についても、行政法的(規制規範としての海上保安庁法、警察法通則の解釈ということ)に問題になるようなものではない。しかし、仮想事例として、国際法上の海賊について、探索した結果これを発見した上で、強制的に船舶の停止・立入りといった措置を取るならば、海上保安庁法の解釈論上、「人命及び財産の保護」目的での「救助」の枠組みの中に入るかどうかが問題になるものと思われる。もちろん、国際法上、海賊に対する公海海上警察権の行使に含まれるか、という法的判断を、どの行政庁が行うのか、という問題もあり、このような裁量判断については、少なくとも何らかの形で内閣の関与を仕組む必要があるようにも思われる。いずれにしても、現状では、海賊に対する措置については、海上保安官に与えられた行為規範として見るならば、救助や国際協力といった責務の解釈で対応できる部分に止まらざるを得ないと考える。
(3) 国際法と根拠規範・規制規範の関係
海上保安官による海上における職務執行について、内水を除けば、国際法上の規範が規制規範として働くことは疑いない。方、国際法上、沿岸国たるわが国に一定の立法管轄権・執行管轄権が認められたとしても、実際にわが国において、国家権力の行使がなされるためには、法律による行政の原則にもとづいて、行政組織法・行政作用法による授権がなされなくてはならない。この原則はいささかも揺るがないのであるが、先に述べたように、行政機関に対する組織法上の授権規範であっても、解釈論上、一定の措置を根拠づけると考えても良い場合があろう。