廣瀬教授は、海上警察について、陸の警察権(学問上の警察の概念)との対比による特殊性を浮き彫りにしようとする。そこで示されるのは、第1に、海上警察権について、海という場所的特性(とりわけ船舶の必然的な介在)に基づく警察法体系の修正が必要であること、第2に、海上警察権も、国内立法に基づく制度であるが、国際法・国内法の双方に規律され、その双方を根拠とすること、の2点である。さらに、廣瀬教授は、右の分析を踏まえて、海上警察権の発動が、海上における船舶を介在させるものであることから、その行使に係る条理上の制約が、(陸上における)警察権の発動に係るそれとは異なるものであり、具体的には、航行中の船舶への立入検査の可否をめぐって、警察比例・警察責任・私生活不可侵等の諸原則の適用に、海上警察権独自の基準が必要となることを主張されている。
以上の廣瀬教授の業績は、海上警察について、抽象論のみではなく具体的な解釈論のレベルまで踏み込んで緻密な考察をなされたものとして、極めて重要なものである。筆者も、その趣旨に賛同するところ大であるが、廣瀬教授のように海上警察について考察を深めれば深めるほど、国際法との関係が改めて浮かび上がるように思われる。国際法に言うところの「公海海上警察」が、軍事組織による軍事力の行使を予定したものであるとすれば、なおさら、「軍事組織でもなく、また陸上警察組織とも異なる海上保安庁」を設置したわが国の海上警察との整合性について、より精緻な議論が要請されるはずである。次に事例を紹介した後で、さらに考察を進めたい。
3 事例紹介
(1) 序
以下では、近年(平成以降)、わが国の海上保安庁が海賊類似事例に関して何らかの対応を行った5つの事例について、その概要を紹介する。これらの事例に関する資料については、海上保安庁警備救難部管理課・坂本管理課長・勢良専門官にご配慮いただき、筆者に提供していただいた。この場を借りて改めて御礼申し上げる。なお、これらの事例の全体に共通する点は、公海上・外国船舶に対する海上保安官の権限行使、ということである。