しかし、海賊・武装強盗の多発する東南アジア諸国のうち、この条約の締約国となっている国はなく、2000年末で、アジア地域の締約国は中国、日本およびインドだけである。さらに、領水内で行われる武装強盗の行為の多くは、錨泊中又は停泊中の船舶内における強盗行為であって、ただちに船舶の安全な航行を害するものではないから、ローマ条約にいう「犯罪行為」に該当するものではない。ただし、アロンドラ・レインボー号事件のごとき一部の船舶の乗取り行為は、「船舶の安全な航行を害する」もので、ローマ条約にいう「犯罪行為」に該当する。ローマ条約の締約国は、条約上の犯罪行為に対する自国の裁判管轄権行使を可能とする国内法整備を図る必要があり、結果的に領海内の武装強盗を処罰する国内法上の条件を整えることになる。しかし、一国の領水内の船舶の乗取りないし強盗事件が、国際的なテロリズムを犯人所在国の普遍的管轄権行使によって抑止しようとする条約の枠組みに直ちに当てはまるものかどうかは慎重に考慮する必要があろう。ローマ条約は、テロリストであることゆえに国際社会共通の利益を害する犯罪を犯したものとして、犯人所在国の普遍的管轄権行使を義務づけていると見るべきものであり、東南アジアの武装強盗にそれと同一の取扱いをすることが可能か否かを見極める必要があるからである。少なくとも、そのためには当該行為がテロリストによる国際犯罪と同じ国際法上の非難を受けるものであるという論証が必要となろう。これを消極的に解する場合には、条約の締約国となった国が、領海内の武装強盗犯人に対して条約上の普遍的管轄権行使を差し控えたとしても、かならずしも同条約上の義務に違反しているとは言えないからである。
(2) IMOの動き
IMOは1980年代前半からこの問題に取組み、1993年5月に「海賊行為および船舶に対する武装強盗に対処する政府への勧告」(MSC/Circ. 622、その後1999年5月に改定)を定めて、沿岸国、寄港国および旗国は行動計画を作成すること、関係国は国内法にしたがって犯人の捜査および訴追を行うこと、事件発生海域では地域協定を締結して対応すべきことを指摘し、また「海賊行為および船舶に対する武装強盗の予防・鎮圧に関する船主・船舶運航者・船長および乗組員の指針」(MSC/Circ. 623、その後1999年5月に改定)を策定し、船舶の側の自衛策を示している。