連盟によって設置された国際法法典化専門委員会は、1926年1月に「海賊の抑止のための条文草案」(いわゆる、マツダ草案)を作成したが、法典化は見送られた(21)。その後、1932年に、ハーバード・ロー・スクールの組織研究グループが、国際法上の海賊をとりあげて、全十九ヶ条からなる「海賊に関する条約草案」(いわゆる、ハーバード草案)を発表した(22)。この草案には多くの著作と資料を網羅したコメントがつけられており、その後の海賊に関する法典化に大きな影響を与えるものであった。
(ア) マツダ草案
1926年のマツダ草案第1条は、「海賊行為は、公海上でのみ(only on the high sea)発生するものであり、私的目的をもって(for private ends)財産に対する略奪又は人に対する暴力行為を行うことを内容とする」と定めていた。
草案をまとめた委員会の報告書は、海賊行為は、その活動場所として公海と呼ばれる広大な区域を持つこと、それは公海上における通商の安全に対する犯罪であるから、その場所でしか犯しえないものであり、仮に同じ行為が領水内で犯されたとしても、それは国際法の守備範囲ではなく沿岸国の主権権能の範囲内の問題であると指摘していた(23)。それは、この当時ようやく確立した領海及び公海の区分とその法的性格の確立を前提として、海賊の場所を公海上に限定していた。
(イ) ハーバード海賊草案
海賊行為に関する1932年のハーバード草案第3条は、次の様に規定していた。
「海賊行為とは、次に掲げる行為のいずれかであって、いずれの国の領域管轄権内でもない場所で犯されたものをいう。
1. 強盗、強姦、傷害、監禁又は殺害の意図をもって又は財産の窃取又は破壊の意図をもって犯される暴力行為又は略奪行為であって、権利主張の誠実な目的を伴うことなく私的目的のためのものであり、その行為が海上で若しくは海上から又は空中で若しくは空中からの攻撃に係るもの。その行為が、船内から開始された攻撃に係るものであるときは、当該船舶又は関係する他の船舶は海賊船舶又は国家徴表(国籍)を持たない船舶のいずれかであるとされなければならない。(以下省略)」