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他方、フィリモア判事によれば、三海里の海域は、陸域とは異なり船舶の通航権によって制限されている。その海域における沿岸国の権能は、自国の防衛及び安全(security)のためにのみ認められているのであって、刑事裁判権のごとき一般的支配権能を及ぼすことは認められないとしていた(国際地役権説)(13)。さらに、ケリー判事は、低潮線より外側のすべての海域は全世界に開かれており、沿岸国は他国船舶及び他国国民に対して刑事裁判権を行使することは認められていないと主張していたのである(14)

このように本件判決は、領海に及ぶ沿岸国権能の性格をめぐる論争に加えて、その権能に事項的な限定が加えられるかどうか、さらに領海内における外国船舶の航行権の取扱い、という多様な論点を含んでいるため、各判事の意見はそれぞれの論点に関して輻輳していることは否めない。しかし、ここでは、多数意見を述べた判事を含む多数の判事が、距岸三カイリの海域が沿岸国に属することは認めながらも、陸地と同様に領域主権が及ぶ海域とは考えていないこと、その結果、沿岸国がその海域で行使できる権能は、自国の防衛及び安全そして歳入・漁業という事項に限定されると指摘している点に注目しておきたい。なぜなら、そのように領海の法的性格をとらえるかぎり、海賊行為のごとき船舶にかかる犯罪行為に対して、領海が沿岸国による排他的な刑事裁判権を行使する海域とはなりえないからである。そうだとすれば、先に見たように19世紀における代表的な英米の海賊判例において、距岸3カイリ以内の海賊事件であっても、それがオープンシーで行われるものであるかぎり「海賊行為」として取り扱われていたが、それは当時の領海の法的性格のとらえ方から見て当然のことであったのである。「国際法上の海賊行為」が、沿岸国の領海において発生したものを排除し、公海上の犯罪行為に限定されることとなるためには、国際法上、領海の法的性格をめぐる議論がさらに進められる必要があったのである。

 

 

 

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