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この事件に関し、「この事件でも、結局、海賊概念の類推はみとめられず、被害船の旗国が、その犯罪の政治的性質を考慮して米国の犯罪人引渡請求を拒否するとともに、一般のテロリズム犯罪の場合に準じてみずから訴追にふみきったのである。」(12)とされる。

さらに山本草二教授は、アキレ・ラウロ号事件に関連して、「とくに、公海で行われる海上犯罪の取締りについては、国際社会の公益・公序として各国間の国際協力の義務をうたいながら、関係国が実際にとる措置は権能・権限として定められていることに、注目しなければならない。たとえば、海上犯罪のなかでいちばん歴史もありその原型となっている海賊については、どの国も、容疑のある船舶を拿捕しその内部に在る人の逮捕と財産の押収を行ない、さらに自国の裁判所で訴追することが『できる』と定められている(104条)。この点は、19世紀以来の国際慣習法でも1958年の公海条約でもそのとおりであって、新条約でもそのまま伝統をひきついだものである。…このように船舶の旗国以外の国が公海上で海上犯罪を取締まったり処罰することが『できる』と定めたのは、国際法上『許容されている』という趣旨であり、実際にそのような刑事管轄権を行使しても、どの国からも違法とし非難されたり責任を追求されたりしない、という効果をもつ。わざわざこうした規定をおいたのは、それだけ多くの国が、海上犯罪を取締ろうとする意欲と能力を競いあっていたことの証左であり、また沿岸国の中には、国内法で定めた海賊の刑罰規定を公海にも拡張して適用しようとする国が、少なくなかったからである。しかし、海賊をはじめ海上犯罪の取締りに具わっていた、こうした国際的な連帯感は、最近の国際犯罪については、まだ十分には成熟していない。たとえば航空機の不法奪取(ハイジャック)や安全妨害(サボタージュ)、外交官その他の国際的に保護された者に対する攻撃(監禁・誘拐・殺害)、人質奪取、海上輸送中の核物質の盗取・横領など、ひろく国際テロリズムとよばれる犯罪について、続々と多数国間条約が作成されている。しかしこれらの条約では共通して、その領域内に容疑者が所在する国にたいして、他の関係国に身柄を引渡すか、これらの国で確実に訴追、処罰される保証がないときは必ず自国で訴追の手続きに付するかそのどちらかを選択すべき『義務』を定めている。

 

 

 

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