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以上のような私見は、瀬取り形式の密輸の実態にも合ったものであると思われる。瀬取りの場合、人工衛星を使った位置測定器や携帯電話、携帯無線機といったハイテクを駆使し、頻繁に陸上と連絡をとることにより、どこの港へ入ることも容易であり、海上で売りさばくことも可能であるから、領海内に覚せい剤が持ち込まれた段階で、覚せい剤濫用による危害発生の危険は確実なものと認定できる。実行の着手については、法益侵害の危険性が切迫したことが必要だとするのが近時の有力な刑法学説であり、判例の立場でもあるが、それは殺人罪のような法益侵害結果発生の必要な侵害犯に妥当することであり、抽象的危険犯である輸入罪について言えば、法益侵害の危険性が確実であれば実行の着手を認めてよいと思われる。

犯罪が悪質化・巧妙化すれば、それだけ捜査は困難を極める。現実の捜査で難しいのは、密輸容疑船を海上で発見した場合洋上で検挙するか、陸揚げまで待って検挙するかの見極めであろう。陸揚げまで待つことにより、容疑船を深追いしすぎて覚せい剤を海中に投棄されたり、陸揚げ場所を変更されたりして捜査は困難を極める。このような捜査の困難性を、所持罪で対応できるからよいと一蹴する本判決の姿勢には疑問を覚える。私見によれば、本件は、営利目的輸入未遂罪の成立を認めてよかった事案であると思われる。

本件審理の過程で、裁判所は、漁船を土佐清水港に接岸させ、覚せい剤を陸揚げしようとした事実を予備的訴因として追加するよう検察官に勧告した。これに従っていれば輸入未遂罪の成立も間違いなかったと思われるが、検察官はあえてこれを拒否した。そして、一審判決を不服とする検察側は控訴し、「輸入」の意義をめぐる司法論争は舞台を控訴審に移した。控訴審の判断の行方が注目される。

 

 

 

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