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それでは、以上のような検察官の主張とそれに対する裁判所の判決を我々はいかに評価すべきであろうか。覚せい剤輸入罪の処罰根拠は、覚せい剤取締法第1条からも明らかなように、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害をもたらす危険性にある。この危険性があるというためには、まず、第一に、我が国に存在しなかった物が物理的に存在するようになったことが必要である。しかし、覚せい剤は爆発物などの危険物とは異なり、存在するだけで危害をもたらすわけではない。第二に、流通・拡散により濫用の危険のある事実状態が作出されることによって保健衛生上の危害は決定的なものになる。したがって、流通・拡散による濫用の危険がある事実状態が作出されない限り、輸入罪の既遂を認めるべきではないと思われる。瀬取り方式の輸入事案においても、領海線を突破しただけでは、このような高度な危険性はまだ発生しておらず、輸入罪(既遂罪)の処罰根拠を満たしていないように思われる。検察官の主張のように、領海搬入により既遂になるとすると、それよりも危害発生の危険性が高い領土内への陸揚げ行為を行った行為者が輸入罪で処罰されず、所持罪等にとどまるのは妥当でない。覚せい剤の輸入とは、「本邦の領域外から本邦の領域内に覚せい剤を搬入し、濫用による保健衛生上の危害をもたらす危険のある状態を作出すること」を意味するので、濫用による危険が現実化しない以上「輸入」は完成していないと考えるべきであろう。

しかし、陸揚げが既遂時期だとしても、通説のように、陸揚げに接着する行為が実行の着手時期だと考えなければならない論理的必然性はない。

 

 

 

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