なお、本事件の被告人は全部で6名おり、これを4つの組に分離して公判が行われた。本判決は主犯格のXに対するもので、他の共犯者については、本判決後の平成12年3月29日に3名の被告人に対して、4月12日に1名の被告人に対して、4月13日に残り1名の被告人に対して、それぞれ有罪判決が出されているが、いずれも本判決と同一の論理で覚せい剤輸入予備罪の成立を肯定している。
(3) 問題点の検討
密輸入罪における「輸入」の意義について、関税法は「外国から本邦に到着した貨物(外国の船舶により公海で採捕された水産物を含む。)又は輸出の許可を受けた貨物を本邦に(保税地域を経由するものについては、保税地域を経て本邦に)引き取ることをいう。」と規定しているが(同法2条1項1号)、覚せい剤取締法にはこのような規定が設けられていないので、解釈によってこれを明らかにしなければならない。この点は、従来、覚せい剤をはじめとする規制薬物輸入罪の既遂時期の問題として論じられてきた。
すなわち、既遂時期をめぐり4つの見解が対立している(27)。第一は、領域搬入説で、我が国の領海・領空に搬入することにより既遂になるというもので、刑法学者の一部が採用する見解である(28)。その根拠は、1]領海も領空も我が国の統治権の及ぶ領域の一部であり、領土と区別する理由に乏しいこと、2]領海や領空は刑法の場所的効力範囲であり、輸入以外の行為(例えば、所持、譲渡し、製造など)はすべて検挙できることとのバランスを考慮する必要があること、3]法が「輸入」を禁止している趣旨は、我が国における保健衛生上の危害を新たに発生させる危険の防止にあるが、このような危険の発生は輸入と製造との間に違いはないはずであるのに、領海内で製造されたときは製造罪となるのに、輸入については領海内に搬入されたのみでは輸入罪とならないのは不均衡であること、などの点があげられている。