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その後、海上保安庁による海上の検挙を恐れ、玉丸に積載している本件覚せい剤を早急に陸揚げしようと決意し8月14日未明、アリバイづくりのため海外旅行中のXと連絡を取り、その承諾を得て、陸揚げ場所を高知県安芸港に変更し、同港に向けて宮崎沖を航行中、海上保安庁のヘリコプターに発見されて追跡を受けたため、再度、予定を変更し、高知県土佐清水港に陸揚げすることにし、8月14日午後9時30分頃同港に入港し、同船を接岸させ、一部の者が上陸して覚せい剤を陸揚げしようとした。しかし、Yらは、岸壁付近で私服の警察官らが警戒に当たっていたため、同港での陸揚げを断念し、8月14日午後10時50分頃、同港を出港して新たな陸揚げ場所を求めて海岸沿いを航行し、高知県興津港を目指したが、海上保安庁の巡視船2隻に追跡されたため、夜明けと共に海上保安官に臨検され玉丸に積載されている覚せい剤が発見されることを恐れ、Xにこの状況を報告し、これを受けたXは、覚せい剤はビニール袋に密封されていれば海中に浮くので、後日回収することを期して、覚せい剤に重しを付けて海岸付近の海中に投入することを指示した。指示を受けたYらは、覚せい剤15袋をロープで結び付けた上、Xの指示に反して発泡スチロール製のフロートを付け、8月15日午前3時頃、高知県高岡郡窪川町興津沖の海岸から500メートル離れた領海内に覚せい剤を投棄した。

このような事実関係の下で、検察官は、被告人Xを営利目的覚せい剤輸入罪(覚せい剤取締法109条1項)、禁制品輸入未遂罪(関税法109条3項)、営利目的覚せい剤所持罪(覚せい剤取締法41条の2第2項)で起訴し、最高刑の無期懲役及び罰金1000万円を求刑した。この中で、特に注目すべきことは、検察官が覚せい剤輸入罪の既遂の成立を主張した点である。検察官の主張の骨子は次の通りである。

「覚せい剤取締法にいう輸入とは、同法による取締りを行うことができない本邦外の領域から、その取締りを行うことができる本邦の領域内に覚せい剤を搬入し、濫用による保健衛生上の危害をもたらす危険のある状態を作出することをいい、輸入の形態毎に輸入の既遂時期は異なる。そして、本件のように、日本人の犯人が支配している日本船籍の船舶を用いて公海上で覚せい剤を受け取り、その後引き続いて覚せい剤を本邦に陸揚げすべく同船を本邦に向けて航行させた上、本邦の領海内に入り、陸上の者と頻繁に連絡を取り合い、GPSを作動させ、いつでも何処の港にも覚せい剤を陸揚げすることが容易な態様で実行される密輸入事案においては、犯人が公海上で覚せい剤を受け取った後、これを本邦の領海内に持ち込んだ時点で、覚せい剤濫用による保健衛生上の危害発生の危険性が顕在化ないし現実化したと認められるから、覚せい剤輸入罪は既遂に達すると解すべきである。」

 

 

 

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