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なお、本判例が主張する犯罪地の決定基準としての効果主義を、我が国の刑法適用においても採用すべきだとする主張が最近なされている(23)。この点も刑法学の観点からは注目すべき問題点であるが、効果主義は遍在説(属地主義)を拡張するものであり、より慎重な検討が必要であると思われる(24)

 

4. 漁船玉丸事件第一審判決の内容と検討

平成10年8月、暴力団住吉会系豊田組長による北朝鮮船舶が絡む大量覚せい剤密輸事件が発生した。いわゆる「瀬取り」に密輸罪の成立が認められるかについて検察と裁判所の間で激しい論争が繰り広げられたため、この裁判の過程はマスコミに取り上げられ世間の注目を集めたが(25)、東京地裁は、検察官の主張を斥け、密輸罪の成立を否定する判決を下した(26)。そこで、薬物の海上取引をめぐるこの事件を素材に、洋上取引型密輸事犯をめぐる刑法上の問題点について若干の検討を加えることにしたい。

(1) 事件の概要

暴力団豊田組組長である被告人Xは、Yら配下の組員や知人の暴力団関係者5名と共謀の上、営利の目的で、みだりに、外国籍の船舶と洋上取引する方法により覚せい剤を本邦に密輸しようと企て、Yら4名が、平成10年8月10日午後11時頃、漁船玉丸に乗船して枕崎港を出港し、Xから指示された北緯30度、東経125度30分の東シナ海の公海上の瀬取り場所に向かい、8月12日午後4時頃同所に到着したところ、既に相手方である朝鮮民主主義人民共和国国籍の船舶第12松神丸が到着して目印の赤旗を掲げていたことから、目印の黒旗を掲げると共に、無線機で交信した上、第12松神丸に接舷させ、覚せい剤15袋合計約300キログラム(裁判所の認定によれば約290キログラム)を受け取った。同船は直ちに離れ、午後5時頃三重県尾鷲港に向けて航行を開始し、8月13日頃午後11時頃、北緯31度、束経129度12分の鹿児島県宇治群島南西約14海里にあたる本邦領海内に入った。

 

 

 

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