これに対しては、不合理な捜索と逮捕、押収による身体・住居・書類・所有物の安全の侵害を禁止するアメリカ合衆国憲法修正第4条に違反するのではないかということがしばしば問題とされてきた。そのリーディングケースが、1978年のキャディナ事件に関するアメリカ連邦第5巡回公訴裁判所の判決である(19)。
事案は、コーストガードが、国旗を掲揚せずにフロリダ沖合200海里以上の公海上を航行していたカナダ国籍の船舶を、マリファナ輸入に関する共謀罪で拿捕、乗組員であるコロンビア人を逮捕したというもので、被告人キャディナは、第一に、コーストガードの乗船、捜索、拿捕は米国の制定法上の根拠を欠き、第二に、航海条約に違反し、第三に、令状なき捜索に基づく逮捕は連邦憲法修正4条に違反すると主張した。これに対して、判決は、本件マリファナ輸入共謀罪のようにアメリカの領海外の公海上でなされた行為であっても、その効果がアメリカの領域内に及ぶ場合には、当該行為者に対して国内法令が適用され、被告人の犯罪事実を確定する必要上、公海における外国船舶を拿捕できるとし、公海条約22条1項は臨検の権利を三種類の海上犯罪に限定しているから、本件捜索・拿捕・逮捕は条約に違反するが、本件船舶の旗国カナダと被告人の本国コロンビアは同条約の非当事国なので、臨検の権利の制限に伴う利益を享受できないと判示した。さらに、(たしかに、原則として令状のない捜索は相当な理由があっても違法であるが)容疑船舶の停船には不法な麻薬の輸送について「相当な理由」があり、同船の拿捕と被告人の逮捕は、同船が逃亡を企てた時点で「急迫の事情(exigent circumstances)」があるので、令状なき強制措置は適法であると認定した。
この判決に対しては、公海条約は公海に関する国際慣習法を法典化したものであるから、非当事国にも一般的に適用されるべきであるとか、沿岸警備隊の権限の濫用を規制すべきであるなどの批判があるとされているが(20)、アメリカの裁判所が、沿岸警備隊の公海上の臨検・拿捕を禁止していないという事実は、その後の裁判例でも確認されている(21)。
この判例は、アメリカ裁判所の法解釈と国家実行はがむしろ海洋法条約の予定する内容を超え、薬物の不法取引抑止の国際協力義務を前提にした保護主義に立脚することを示すものである(22)。ただ、我が国としては、旗国主義や海上警察権に関する国際法の原則と抵触するこのような解釈をとることは、少なくとも現時点では困難であると思われる。