すなわち、108条1項は「すべての国は、船舶が公海において国際条約に反して麻薬及び向精神薬の不法な取引を行うことを防止するため協力する。」と規定して国際協力をうたい、また、同条2項で「いずれの国も、自国を旗国とする船舶が麻薬又は向精神薬の不法な取引を行っていると信ずるに足りる合理的な理由がある場合には、当該取引を防止するため他の国の協力を要請することができる。」とし規定している。すなわち、規制薬物の不法取引は、海上犯罪として新たに加えられながら、条約110条の海上犯罪と異なり、臨検の権利の直接の対象とはなっておらず、したがって、108条の規定からは、他国国籍の船舶に対する拿捕、訴追はもちろん、臨検すら旗国の許可がなければできないことになる(11)。そして、現実問題として、公海上で麻薬等の不法取引を行っている船舶を発見した場合、外交ルートを通じて当該船舶の旗国に対して臨検の許可を求めた後に必要な規制を行うという手続きを経なければならないということは、不法取引の防止という視点からは効果的な法的措置とは言い難い(12)。
このように、公海上において沿岸国への密輸を目的とする積替え行為が行われたにもかかわらず、沿岸国がこれに対して臨検、拿捕などの規制措置を加えることを根拠づける規定は海洋法条約の中には見い出し難い。ところが、アメリカは、このような条約上の間隙を補うために、麻薬取締りの国内法令を公海上の外国船舶にも適用している。アメリカの包括的麻薬濫用防止・規制法(13)によれば、アメリカ又はアメリカの関税水域に到着する又は出発する船舶内に規制物質を所持すること(14)、アメリカの関税水域内に規制物質を持ち込むことは犯罪とされ(15)、さらに、アメリカの領海外で規制物質を輸送する船舶は、当該物質を輸入又は頒布する行為の共謀罪(conspiracy)を構成するとされている(16)。アメリカにおいて、密輸の取締りに責任を負う機関は、税関、財務省、コーストガード(沿岸警備隊)であるが、コーストガードのみが公海上の船舶に対する一般的権能を持つとされている(17)。すなわち、コーストガードは、合衆国法令の違反の予防、発見、鎮圧のために、公海及び合衆国が管轄する水域において、質問(取調)、調査(臨検)、立入検査(検閲)、捜索、押収(拿捕)、及び逮捕を行うことができるとされ(18)、この規定を根拠に、コーストガードは公海上における麻薬の取締り活動を行っている。