領海を航行中の外国船舶に対する沿岸国の裁判権も、国際海上交通の利益保護の観点から制約されており、国連海洋法条約は、このような船舶に対する沿岸国の裁判権の行使を一定の場合を除いて禁止している。すなわち、領海を航行中の外国船舶内で行われた犯罪に関連して逮捕・捜査を行う沿岸国の刑事裁判権は、(a)犯罪の結果が沿岸国に及ぶ場合、(b)犯罪が沿岸国の平和又は領海の秩序を乱すものである場合、(c)当該外国船舶の船長又は旗国が要請した場合、(d)麻薬・向精神薬の不法取引の場合に限定されている(条約27条1項)。規制薬物の不法取引の抑圧の必要な場合であれば、自国に犯罪結果が及ばなくても、領海内の外国船舶に対して刑事裁判権を行使できるとしている点が注目される。
ところで、領海内における薬物・銃器の密輸入行為に関しては、後に述べるように、少なくとも密輸入予備罪は成立するし、また、薬物・銃器の所持罪も成立する。また、領海内で外国船から日本船への積替えが行われた場合、譲渡し罪が成立する。そこで、これらの処罰規定を根拠に逮捕・捜査を実施することになると思われる。
(2) 接続水域
国連海洋法条約33条1項は、自国の領海に接続する水域において「(a)自国の領土又は領海内における通関上、財政上、出入国管理上又は衛生上の法令の違反を防止すること」及び「(b)自国の領土又は領海内で行われた(a)の法令の違反を処罰すること」に必要な規制を行うことができると規定している。この接続水域は、通関、財政、出入国管理、衛生という4つの国内法令違反に対する取締りの実効性を確保するために、沿岸国の取締り権能を公海に拡張するものである。これを受け、「領海及び接続水域に関する法律」(平成8年6月14日法律73号)4条1項は、「我が国が国連海洋法条約第33条1項に定めるところにより我が国の領域における通関、財政、出入国管理及び衛生に関する法令に違反する行為の防止及び処罰のために必要な措置を執る水域として、接続水域を設ける。」と規定し、同法5条が「前条第1項に規定する措置に係る接続水域における我が国の公務員の職務の執行(当該職務の執行に関して接続水域から行われる国連海洋法条約第111条に定めるところによる追跡に係る職務の執行を含む。)及びこれを妨げる行為については、我が国の法令を適用する。」と規定し、接続水域における取締の法的根拠を与えている。