結局、第292条の手続をどのようなものと捉えるかという点が焦点である。この点は、ウォルフレム裁判所次長と山本裁判官の次の反対意見に要領よくまとめられており、参考になる。すなわち、「この連関性を証明するため多数意見が用いた『評価基準』のアプローチには、重大な留保がある。それによれば、原告の申立が『立論可能か』又は『十分にもっともらしい』ものであれば十分だとする。同様のアプローチが裁判所の付随的管轄権である先決的抗弁や受理可能性に関する問題について、国際司法裁判所のアムバティエロス事件判決で用いられている」が、こうした「判決で展開された評価基準のアプローチの正当化は、説得的なものではない。条約第292条に基づく手続は独自の手続であり、予備的なものでも付随的なものでもない。これは本件のような独立の手続には適用不可能である。これを用いることは、第292条に基づく手続問題を第290条の付随手続としての仮保全措置の手続に等しいものに変えてしまう。…規則第113条1項が規定する原告の申立が十分に根拠があるかどうかを決定すべきITLOSの義務にも直接抵触することになる。判決は、先決的手続に関する第294条に規定する『十分な根拠があると一応(prima facie)推定される』という基準に非常に近接した『立論できる/もっともらしい』という基準を採用して、説得力のある法的根拠を示さないまま、旗国に有利に同条の推定を覆していることになる(77)」との批判である。多数意見が、こうした有力な反対意見をどのように受けとめ、今後の判例に生かしてゆくか見守りたい。
3 請求の許容範囲―限定的解釈か非限定的解釈か
さらに、本事件で、セント・ヴィンセントは、「船舶又は乗組員の即時釈放に関する個別具体的な条文規定がなくても、国際法に反する船舶の拿捕に第292条の適用があると論じることもできる(78)」として、選択的主張として非限定的解釈を行った。この議論は、ITLOSの裁判官でもあるトレヴェス(T. Treves)教授が1996年に公表した論文に依拠するものと思われるが、ブラウン教授の表現を借りれば、「幸いなことに」ウォルフレム・山本反対意見によってこれは拒否された(79)。参考までにトレヴェス裁判官の議論を紹介すれば、彼は、その論文の中で、「抑留が第73条、第220条及び第226条といった海洋法条約で認められている場合には即時釈放手続が利用可能であるが、条約で認められていない場合には利用できないというのは私には馬鹿げたことのように思われる(80)」という考えを表明していた。