三 国際海洋法裁判所の判断―二つの事例から―
1 サイガ号事件判決(1997年12月4日)(28)
1977年10月27日、セント・ヴィンセントを旗国とするオイル・タンカー「サイガ号」(The M/V "Saiga")は、ギニア領アルカトラズ島から約32カイリのギニアの排他的経済水域(以下、EEZと略称。)内で(29)、2隻のセネガル漁船と1隻のギリシャ漁船に対して燃料補給(バンカリングbunkering)を行った。翌28日、ギニアのEEZの南側の限界よりさらに南の地点で、次の漁船を待つために停泊中、ギニア税関の巡視艇に攻撃され、追跡の後に密輸の嫌疑で拿捕された。同船はギニアの首都コナクリーに引致され、船長と乗組員は抑留され、積荷は荷揚げされた。実は、このサイガ号はセント・ヴィンセントに仮登録されていたものの、所有者はキプロスの会社(Tabona Shipping Company Ltd.)、運行者はスコットランドの会社(Seascot Shipmanagement Ltd.)、積荷の所有者はスイスのジュネーヴの会社(Addax BV)で、傭船者も同じくジュネーヴの会社(Lemania Shipping Group Ltd.)という複雑な契約関係を有していた。
セント・ヴィンセントは、「被告ギニアが、合理的な保証金の支払又は合理的な他の金銭上の保証の提供を求めず、サイガ号及びその乗組員をかかる合理的な保証金又は他の保証に基づき速やかに釈放しないことによって、海洋法条約第73条2項の規定の遵守を怠っている(30)」と主張した。なお、原告による第292条への直接の言及は行われなかった。これに対してギニアは、「スティヴンスン・ハウッド〔原告の代理人たる法律事務所〕は裁判所規則第110条2項により権限を認められていないし、タボナ・シッピング会社がサイガ号の所有者であるか疑わしい。本件には第73条の適用がなく、ギニア政府による同条違反は存在しない。ギニアの理解では、サイガ号のために保証金又は保証の申し入れが行われていない以上、第292条の適用はない(31)」と反論した。
裁判では、まず、セント・ヴィンセントによる第292条に基づく即時釈放の申立に対する裁判所の管轄権及び受理可能性について、裁判所の判断が求められた。裁判所は、まず、両国が海洋法条約の当事国であること、第292条により、別段の適用がない限り、ITLOSの残存管轄権が認められていることを確認した。さらに本件では、ギニアが、前述のように、代理人の資格と船主(サイガ号の傭船者はスイス法人)の同一性に関して疑義を呈したが、裁判所は、船舶の所有権関係は海洋法条約第292条に基づく評議の対象ではなく、ギニア自身がセント・ヴィンセントが船舶の旗国であることを争っていないとし、判決では、同条約第292条2項、裁判所規則第110条がいう即時釈放の請求は、「船舶の旗国又はこれに代わるものに限って行うことができる」という要件は満たされていると認定した(32)。