つまり、漁船である以上、領海上であろうが排他的経済水域上であろうが、同じく、早期釈放制度によって保護されるような特有の利益を、本来はもつが、沿岸国の権利との調整によって、領海内の外国漁船については、早期釈放制度による利益保護がないという論証である。
すなわち、領海では(27条の規定する船内犯罪のような例を別として、)無害通航権を保護しながらも、領海沿岸国の主権が外国船舶に対しても及ぶ。これに対して、排他的経済水域では、沿岸国の管轄権(主権的権利を根拠とする)が、旗国との関係で、より大きな制限を受ける。これが、早期釈放制度の適用の有無を説明する理由である、ということである。その場合、漁船のもつ特有の利益は、本来は、領海上であろうが排他的経済水域上であろうが不変であるが、この利益に与えられる保護の程度(早期釈放制度の有無)は、沿岸国と旗国という国家間の権利関係によって、左右されることになる。
これらの疑問は、292条紛争解決手続きにおける早期釈放制度規定の解釈にも密接に関連してくる。
292条1項は「この条約の規定を」抑留した国が遵守しなかったと主張されたときに、早期釈放を裁判所に付託できることを規定している。「この条約の規定を」と規定しているのであるから、同項の文理解釈によれぱ、早期釈放を明文で規定している場合にのみ、292条の適用があるという結論になる。たとえば、排他的経済水域上で、漁業法令違反ではなく、沿岸国の関税法に違反した外国船舶については、そもそも73条の適用はなく、したがって、紛争解決における292条の早期釈放制度の適用もない、ということになる。*20
けれども、このような「文理」解釈が、実質的な説得力を獲得するためには、上記の疑問が解消されることが不可欠の前提となる。つまり、226条と73条の適用のある場合だけが、外国船舶が早期釈放により保護される利益をもつ場合であることが、国連海洋法条約の「一貫した」原理の具現であり、早期釈放により保護される利益の内容や性質・沿岸国利益との調整などの結果であることが論証される必要がある。そうでなければ、292条1項を、早期釈放規定が存在する場合だけに適用を限定していると解する解釈は、「文理」解釈という以上の説得力をもつことはできない。