いずれにしても、科学調査船舶については、沿岸国の執行措置その他の措置に関する規定が全くなく、したがって、それとの関連で早期釈放制度が科学調査船舶についても認められるかについては、国連海洋法条約は、規定を欠落させたままである。
もっとも、実際上は、科学調査船舶には、漁船や海洋汚染船舶のような、早期釈放制度によって保護が必要になるという事情が存在しにくい、ということはできる。漁船が漁業活動を停止させられるとか、海洋汚染を引き起こしたタンカーが、石油価格の変動による損失を被るといった事情が、海洋調査船舶には存在しないということである。したがって、早期釈放制度が、漁船やタンカーという特定の船舶についての、固有の利益の保護を図った制度であり、そこでの「航行利益」も、そうした特有の意味に限定される、という解釈をとれば、海洋調査船舶についての早期釈放制度は存在理由が希薄であるがゆえに、国連海洋法条約は規定しなかった、ということになる。このような解釈をとる場合には、早期釈放制度の制度趣旨となる利益は、極めて固有の性質を持つ利益であり、国連海洋法条約上は、漁船と海洋汚染船舶についてのみ認められる利益である。
しかし、そのように解しても、上に検討した第一や第二の疑問は残る。第一の疑問については、220条2項の適用のある海洋汚染と、25条および27条の適用のある海洋汚染とが同一である可能性がある限り、いずれの適用によるかによって、早期釈放制度の適用の有無という異なる結果を生ずることになる。こうした異なる結果が合理的に根拠づけられるのは、220条2項の適用のある海洋汚染と、19条2項hに規定する海洋汚染とが同一になることはないという解釈が確立するか、あるいは、国連海洋法条約第2部第3節と220条2項との関係を、一般法と特別法とするという解釈が確立する場合である。
第二の疑問については、漁船が、早期釈放制度の保護をうける特有の利益を有するとしても、領海内での漁業法令違反についてはその保護はなく、排他的経済水域内での漁業法令違反にはその保護があるという結果を正当化する必要がある。領海の外国漁船と排他的経済水域の外国漁船では、漁船に特有の利益について、それらの保護の程度に相違があるのは、対立する沿岸国の権利の相違、すなわち、領海に対する沿岸国の「主権」と、排他的経済水域に対する「主権的権利」の相違があるゆえである、といった論証が説得力をもつのであれば、それが一つの解答になるかもしれない。