漁業に関する沿岸国法令の違反に対する沿岸国の措置については、73条により、罰則に関する実体的制限と船舶の早期釈放・旗国通報という制限がある。これに対して、汚染外国船舶については、220条3、5、6項では、執行措置の内容・程度の段階に応じて、執行要件が特定されており、また、船舶の早期釈放・旗国通報のみならず、第12部第7節が、詳細に保障措置を定めている。とくに、226条は、外国船舶の調査について、調査目的以上に船舶を遅延させてはならないこと・物理的検査の要件・早期釈放を規定し、228条は、手続きをとる場合の旗国の優先性を保証している。
このように、漁業法令違反の場合と汚染行為の場合とで、沿岸国が外国船舶に措置を取るに際して、航行利益の保護の程度が相違するのは、沿岸国がこれらの事項について有している権利の相違に起因すると解することはできる。つまり、漁業に関しては、沿岸国は主体的権利を持つが、海洋環境については、管轄権をもつのであって(56条)、しかも、船舶起因汚染については、執行管轄権のみならず(217条)立法管轄権においても、旗国と排他的経済水域沿岸国の管轄権が競合している。航行利益の保護の程度が、沿岸国と旗国の権益の大小関係を反映しているとするのであれば、沿岸国の漁業法令違反の場合よりも、船舶起因汚染の場合の方が、航行利益がより厚く保護されるのであり、慎重に旗国利益が考慮されながら沿岸国の措置が取られるという、国連海洋法条約の基本的方針も、一応は理解できるのである。
一方で、旗国は、58条3項の制限を除けば、排他的経済水域上でも航行の権利を保障されているし、旗国の排他的管轄権も認められている(58条1、2項、92、94条)。他方で、沿岸国は、漁業と海洋環境の保護について、上記で確認したような権利をもつ。そして、漁船であれタンカーであれ、船舶は、排他的経済水域上で、航行の自由を認められるが、漁業や海洋環境保護に関しては、外国船舶も、沿岸国の主権的権利や管轄権に服することになる。船舶起因汚染に関しては、沿岸国が立法・施行管轄権をもつとはいえ、旗国との競合管轄権である。そこで、公海と同様の航行の自由をもつ外国船舶は、海洋汚染を行った場合には、旗国主義によって旗国による措置を受けるが、それと競合する沿岸国の管轄権行使の対象ともなる。