しかし、いずれにしても、27条1項の規定する犯罪が19条の規定する有害通航と全く重複しないとはいえない。*15また、刑事裁判権とは規定するものの、国内法令によっては、行政上の措置との区分が相違しており、ここにいう「刑事裁判権」の行使として、沿岸国のとる措置が何であるかについて、明確に限定することはできない。したがって、有害通航を行う船舶に対して沿岸国が必要な措置を取る場合について、一般的に、航行利益の考慮はなく、27条の場合にだけ、航行利益の考慮が要請されることについて、説得力のある理由を見出すことは極めて困難である。
内容という観点からだけすれば、27条4項の「航行の利益」が、無害通航権の保護という「通航の権利」の保護とは必ずしも同義ではないと解することはできる。つまり、「航行の利益」は、とくに、船舶が停止されることによって生ずる交際上の損失などから船舶を保護すること、という点に注目した概念であると解することで、「航行の利益」を、航行の権利から区別した概念であると解することはできる。しかし、内容としては、こうした区別が成立しうるが、航行利益の要請が、有害通航を行っている船舶にも及ぶとすれば、航行利益の保護を、通航の権利の尊重の一貫としてとらえることはできない。それでは、そのような航行の権利を享受していない船舶について、航行利益を保護する根拠を、国連海洋法条約が何に求めているかは、全く不明である。無論、船舶が通航の権利を失っているとはしても、それとは別に、およそ船舶であれぱ保護されるべき利益として、航行の利益を根拠づけることも可能性はないではない。しかし、そうであるとしても、27条が有害通航を行う場合にも適用があるとすれば、そのような航行利益の考慮が、27条の場合にだけ要請され、有害通航に対する沿岸国の措置に関しては、これを要請する規定が存在しないことの理由は、依然として、不明である。
(3) 海洋汚染を行う外国船舶に対する沿岸国の権利と航行利益
つぎに、海洋汚染との関連で、沿岸国が外国船舶に対して措置を取る場合については、領海に関する国連海洋法条約第2部と、海洋環境の保護及び保全の第12部との両方に規定が存在する。