すなわち、迅速に航行の利益を保護するためには、本国(つまり旗国)が手続きをとるのを待っていては時間がかかる、というので、船舶を抑留している国に派遣されている、領事その他の国家を代表する機関がこの手続きをとりうる、という規定案も存在したのである。けれども、これも、どの国家機関が手続きをとるかは、国内法の問題であり、条約がこれを規制する間題でないということでしりぞけられた。その結果、現行規定の292条2項にみるように、旗国「これに代わるもの」という規定になったのである。*8
このように、旗国の享受する「航行の権利」と、ここにみたような、やはり旗国の享受する「航行の利益」が、国連海洋法条約法上の根拠をもつとしても、それらの保護の根拠という点について、国連海洋法条約がいかなる原則にたっているかが残る問題である。公海と領海という、船舶の航行という観点からすれば、海域が比較的単純に分類されている場合には、それほど問題は複雑にはならない。けれども、群島水域、国際海峡、そして排他的経済水域というように、船舶の航行の権利の内容や保護の程度という観点からみて、海域が多岐に別れるようになった現行の制度では、問題が複雑になる。海域によって、航行の権利の内容も変化するのみならず、船舶に対する旗国以外の国による干渉という観点からも、とくに、旗国と沿岸国との管轄権の配分ないしは競合において、沿岸国利益と旗国の利益との調整が複雑にならざるをえないからである。しかも、排他的経済水域のように、沿岸国の権利が事項ごとに、主権的権利ないしは管轄権が及ぶか否か差異化されている海域制度が成立すると、そこでの航行の権利・航行利益と、沿岸国の権利との調整は、より一層議論を錯綜させる。国際海洋法条約自身、一貫した原則を維持しているかすら、疑問がある。そこで次では、領海および排他的経済水域について、関連する規定を考察することにしたい。
3. 領海および排他的経済水域における航行の権利と「航行の利益」
(1) 領海上の外国船舶に対する沿岸国の権利
領海と排他的経済水域においては、外国船舶の航行が保障される程度が異なっている。*9