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このように、「航行の利益」に関連する国連海洋法条約の諸規定は、「航行の権利」と相違しているとまではいえないものの、具体的な状況でのより特定した内容を特に規定していると解する余地を有している。いうなれば、「通航」の保護という一般的な概念では表現しきれない、通航を止めることによって実際に発生する利益の喪失に着目した、「航行の利益」の内容が考慮されているということである。無論、このような特定の内容をもつと解した場合の「航行の利益」であっても、根源的には、国際海上交通の利益とは無関係ではない。また、この「航行の利益」は、「航行」の権利が、海域をまさに通航すること自体の権利としての法的な保護を意味しているとしても、*6この航行の権利と截然と区別されるわけでもない。けれども、「航行の利益」は、少なくとも、航行が止められることによって、漁船の漁業活動が停止させられることによる損失、タンカーの積荷である石油価格の変動による損失、商業船舶の航行遅延による運送契約上の損失などの、船舶の現実の活動に着目した現実の利益に特に注目して、限定してとらえた概念であると解することはできよう。

ただし、ここにいう「航行の利益」が、国連海洋法条約上、旗国ではなく船舶の法的利益として、その保護が規定されているというわけではない。むしろ、国連海洋法条約は、「航行の利益」も、旗国の法的利益として規定していると解される根拠がある。それは、紛争解決手続きの一環としての、早期釈放制度を規定した292条である。292条の早期釈放制度の起草過程において、釈放の問題については、旗国によってではなく、船舶が直接に請求できる手続きを規定する案も存在した。つまり、「航行の利益」は、直接に、船舶に対して保護される利益であり、船舶が直接に釈放を国際裁判手続きにおいて請求することを認める案も存在した。*7しかし、このような案は採用されるには至らなかったのである。

現行規定の291条は、紛争解決手続きを締約「国」に開放しており、また、292条2項によれば、早期釈放の申し立ては、船舶の「旗国もしくはこれに代わるものに限って行うことができる」のである。この、「旗国もしくはこれに代わるもの」についても、船舶の実際の利益をより考慮した案もあった。

 

 

 

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