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呼気だけの力で出すのは、例えれば、まんじゅうを電子レンジで急に温め過ぎて、中のアンコが飛び出したような声、いわば、ひしゃげた声です。そうではなくて、蒸し器に入れて全体をホンワカと暖めたような、ふくよかな声が、共鳴によって作られるということです。

 

日本語の特徴は子音にある

本論に入りましょう。(前にお話したことと重複する部分がありますが)日本人は昔から言葉そのものに魂が宿っていると考えたほど、話し言葉を神聖視していました。多くの伝統芸の中でも特に吟詠は、言葉の生命を大事にし、それを表現する芸術と言うことができます。その上、ある決まった型の節調(メロディー)の中で多様な情感を表現しなければならない、となれば詩の一語一語に込める“思い”は事のほか大切になります。ですから吟詠は“歌う”というよりむしろ“語る”といった方が近いと思います。その意味では講釈師が語る講談の一節などには、学ぶべき点が多いですね。

日本語の大きな特徴のつは子音の扱い方にあります。例えば「霜(しも)は軍営(ぐんえい)に満(み)ちて秋気(しゅうき)清(きよ)し」という一節を、語り口で読むと、「しも」の「し」「ぐんえい」の「ぐ」など子音で始まる言葉のあたまは、強い発音で、しかも「しも」の「S」が感覚的には「SSHIMO」と表記したくなるくらい長い時間をかけていることがわかります。「しゅうき(秋気)」も同じように「SSYUUKI」といった気分です。

このように発音することで、言葉の意味を強め、高揚した気持ちを表現していると言えます。欧米の歌曲などと比べれば、日本の歌(詠)は子音にかける比重が大で、欧米の歌よ主に母音の歌いまわしに重点が置かれていると言えるでしょう。従って日本語で語る、あるいは詠じる場合の大きなカギは子音が握っている訳です。

子音の種類は非常に多い。アイウエオ以外の音はみな子音で始まる音です。カサタナハマヤラワのほかにチャ、ヒャ、ギュ、ビョに類するもの、「ケッコン」の「ツ」のように詰まる音、それに日本語独特といわれる「感慨(かんがい)」の「ガイ」のような鼻濁音と呼ばれる音も子音で始まります。

ア、イ、などを発音するときは、声帯で作られ身体の共鳴で増幅された音が、どこにも引っかからず、ストレートに外へ出てきます。これに対しバ、ザ、ギのような音は唇、歯、上あご、舌などのいわば障害物で形作られて出される音です。これを障害音と言い、ア、イなどの音、無障害音と区別します。

なぜこのように区別するかと言えば、これらを声にして出す場合、まったく逆の性質を持っているからです。つまり、ア、エ、オなどの音は声としての音程と持続時間、強さを割と自由に調節でき、(母音の種類によっては内にこもることがあるが)楽に前に出せる。これに対し障害音は、それ自体、音節を持たない、次に来る母音によって初めて声となるわけですから音として一人前でない。言い換えれば非常に前へ出しにくい音の性質を持っています。日本語はその二種を一つの言葉の単位として作られているので、もともとそれを一緒に発音することはできません。ですから、読み下しのところは母音をやや犠牲にします。つまり母音の音楽上の発音が犠牲になる。そして障害音を正確に発音しないと、言葉は死んでしまいます。

 

母音の比較

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(平凡社音楽大事典より抜粋)

 

子音と母音の間に時間差を

言葉には母音と子音が混在しています。読み下しでは母音と子音の仕組みの違い、距離感の違いを、はっきりと理解しておく必要があります。例えばサ行の発音、サ・シ・ス・セ・ソでは空気が歯に当たる位置が皆少しづつ違います。ご自分でゆっくりと発音してみてください。この違いに気付かずになんとなく発音している人が多いから、言葉が託ったり濁ったりする訳です。ザ・ジ・ズ…も同じで、上あごと舌の微妙な協調を確かめる必要があります。自分ではうまく発音しているつもりでも、ダ・ディ・デュに聞こえたりすることが多いので、テープに録ってよく確認してみましょう。

また母音と子音の距離感の違いというのは、一つの言葉の中で、障害音から母音に帰る時間のことです。この両者を区別して出さなければいけません。例えば濁音の「バ」は、閉じた唇の位置で「バ」と破裂させ、そのまま破裂させた方向に口を大きく開いて呼気を出すと、母音の「ア」だけが強調されて、何を言っているのかわかりません。これを、閉じた位置で「バ」と破裂させ、その位置から口を引き気味に開いて呼気を出すと、はっきりした「バ」に聞こえます。母音が犠牲になるという意味もお分かりになると思います。これらはご自分で練習し、一番はっきり聞こえる場所を探さないといけません。

シャ・シュなどの拗音も理屈は同じで、障害音と、あとに続く母音を一緒に発音しようとせず、時間差を持たせるときれいに聞き取れる言葉となります。

 

 

 

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