笹川鎮江
「歌も芸も、言葉の上にある」とは何とすばらしい言葉でしょう
「歌も芸も言葉の上にある」の至言は、八月十一日の産経新聞朝刊の特集『八月に語る』の中で、作詞家のなかにし礼さんと歌舞伎の市川団十郎さんの対談の見出しにされていたものです。私のこころに響く言葉でしたので、お二人の対談を読ませていただきました。
見出しの言葉は、なかにし礼さんのもので、「人間のバックボーンに流れるのはあくまても言葉だから、ものを考えるときの中心に言葉を据えて考える。その上に歌があり、芸がある」とおっしゃり、団十郎さんは体験から「昔から日本人が畏敬した自然への感謝を忘れない人にならなくちゃいけない。日本はことに四季とか細かい風情がある国ですから、そういう感性を持つ日本人が増えてほしいと思っています」とおっしゃっていました。
今年の武道館大会の企画構成番組は「元禄時代の人たち」―国際感謝年二〇〇〇に寄せて―と題して披露されます。ちょうど今年が元禄時代に亡くなった、水戸黄門さまこと、徳川光圀公の没後三〇〇年にあたるところから光圀公の事績をひもとくことから番組を始め、「墨水三絶」に至る儒学と庶民文化の興隆を紹介して番組を締めています。
「歌舞伎三〇〇年の歴史」とも言われますように歌舞伎も元禄時代に演劇として確立されたと聞いております。この時代には国文学、国語学も盛んに開拓され、日本の漢詩の大家もたくさん輩出しました。
吟剣詩舞道家が吟じ舞うものの多くは漢詩ですが、その読み下しは完全な日本語です。ですから、日本語として違和感を感じさせない、日本語の特徴を活かした漢詩の吟詠について、さらに考えてみたいと思う昨今です。