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<訳>敵と対陣すること三旬にわたり、百回も戦った。だから肝はすっかりすわり膽も大きくなった。弾丸は雨霰と飛び散ってくる莱畑の中、でも酒を飲んで酔い刀を枕にして一休みすれば、忽ち雷のような鼾声をたてて眠った。

各所で壮烈な白兵戦となり、圧倒的多数の薩軍が優勢で、第十四聯隊は敗色濃く、乃木将軍は一応退却すべきことを命じた。この時、聯隊旗手の河原林少尉は聯隊旗を巻いて背負い、そのまま闇の中へ姿を消してしまった。部下に聞けば、少尉は一人敵中に斬り込み、傷を負いながら更に大勢の敵の中に斬り込んでいったという。乃木将軍は軍旗を奪われては大変だ、何としても取り戻してくると言って、馬に跨り、敵中に突入してしまわれた。

部下の兵も隊長に遅れまいと敵兵を蹴散らして勢いを盛り返したが、聯隊旗の行方は全くわからなかった。そして乃木将軍は外套や剣鞘など十一ヶ所に弾丸を受け、久留米病院へ収容された。

四月中旬頃には薩軍は敗色濃厚になり、吉次峠の方へ後退してしまい、乃木第十四聯隊長はじめ残った兵は目出度く熊本城へ入ることができた。

しかし、自分の部下が軍旗を敵に奪われるという不祥事を引き起こした乃木将軍の心は晴れなかった。将軍は責任をとって自決してお詫びすると谷司令長官に申し出たが、司令官はそれよりも第十四聯隊の武勲をたたえ、軍旗を失った不覚を補って余りある働きをしているのであると、四月二十二日付けで中佐に昇進させられ、熊本鎮台の参謀に栄転させられ、第十四聯隊の聯隊旗は新しいものが再度御下賜されるという光栄に浴したのである。

 

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西南戦争 田原坂の戦

 

この時の喜びを次の詩に残している。

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<訳>肥後の地の山や川を転戦した。自分は戦傷したが、死なずに生きながらえていることを、却って天がうらめしい。ああ、私のこの薄命であり生きていることを誰と語ろうか。涙ながらに歴史上の功臣や烈士の書を読もう。

 

 

 

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