日本財団 図書館


ちょっと話題がそれるが、漢詩を中国語で音楽的に吟じたら(この場合はうたったらと云うべきかもしれないが)一体どんな効果が生まれるのであろう。たまたま少壮吟士の河田臈泉さんが催したリサイタルで、該当する数曲を聞いた。私は全く中国語はわからないから、その詩文に関しては外国の歌曲と同じで、結局は作曲者のイメージが彼女によって伝えられた。中でも有能な作曲者の手腕と河田さんの発声の豊かさで、剣詩舞音楽としてもその可能性を十分に包含した作品に出会えたのはうれしかった。

 

新剣詩舞創作への情熱

さて新しい剣詩舞の普及を計るために、その伴奏音楽である吟詠の従来の路線に、いくつかの問題を提起してみたが、更にこの問題を拡大するためには“新剣詩舞の普及を目指した新たな創作活動”に情熱を傾けるべきだと云うことを提案をしたい。

即ち現代に剣詩舞を普及させる方法として最も必要なことは、現代の若い人達がそれに新鮮な魅力を持ってくれることであり、それには、そうしたテーマにふさわしい作品を創作すると云った具体案が必要である。

まず「創作剣詩舞」の内容は、現代の若い人達の日常を広く意識したものとして、

1]ドラマがあって、人間性が描けるもので、友情とか、特に女性の愛情を描いたものなどにスポットを当てたい。

2]「雪月花」的なストレートな情景描写とは切り口を変えて、そうした美感覚から発想を転換したイメージとを合体した“現代雪月花”を描いてみる。(既存の作品としては「荒城月夜の曲を聞く」などはその類であろう。文学としては坂口安吾の「桜の森の満開の下」、演歌では「夜桜お七」などにヒントがある)

3]剣技を中心にした群舞では、歌舞伎の「殺陣(たて)」や「京劇」の様にスピード感があって、刀法には仕かける方も、受ける方にも理にかなったものが欲しい。作品としては古くからある「戦いの漢詩」の現代語訳でもよいが、現代感覚からずれている部分は削除したい。また戦いを史実として描く以外に「戦い」そのものに焦点をしぼり、例えば戦いの主題(モチーフ)を「激戦」、むごさに注目した「殺戮(さつりく)」、柳生剣法を群舞化した「策略(さくりゃく)」、「怨念(おんねん)」、「冷戦」、「戦友(友情)」などとしたシンプルな表現も考えてみよう。

 

016-1.gif

 

剣詩舞家の奮起

ところで、こうした新しい剣詩舞の詩文は誰が書くの…、作曲は誰がするの…、振付はどうするの…と腕をこまねいていても仕様がない。結局は剣詩舞家が率先して、流儀が中心にするのも良し、いろいろな専門スタッフを集めてプロジェクトを組むのも良し、いずれにしても新しい二十一世紀の新剣詩舞にふさわしい作品が数多く誕生することを期待したいものである。なお新剣詩舞に相応しい振付については、別な機会に述べることにする。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION