日本財団 図書館


<訳>この詩は木戸孝允が箱根の山中を逍遥し、国家の将来をおもんばかり静寂な家の中で殉難の友を偲び、多難の同胞を思い誠忠の心を詩にして吟じた名詩である。

寒々とした一つの燈が眼を射るように明るい、人気のない部屋に坐って独り静かに思いをめぐらすと、色々の事がはてしなく浮んでくる。過ぎた後を振り返ってみると、共に国事に奔走した同志が今は遠い過去の人となってしまった。大丈夫たる者は畢竟名利などを考えてはいない。彼等はみな国のことのみを憂いているのである。そして何年問も国歩の報難にたえ、その間に生命を落した者は万をかぞえる程である。又朝廷の政(まつりごと)も幾多の波欄を経て今日に到っている。歳月は水の流れの如く去って帰らない。思えば感慨無量である。しかるに今日地位と名誉をかち得た人々を見るに、草や木が春栄を競うが如く栄達を望んで互いに争っている。

こんなことでどうするのだ!!

国家の前途はまだまだ多難である。上に立つ者がこんなことでは、いったい三千余万の日本人を如何にするのだ。今自分はこの箱根の山中の一室にいるが、心配で心配で夜もろくに眠られない。

今宵もあたりの山々に吹きすさぶ激しい風雨の音を耳にし乍ら益々その感を深くする者である、

と日本の将来を想い赤誠の心を詠じているのである。

018-1.gif

<訳>兎角小才の利いた人間という者は自分の才気を鼻にかけ、それのみをたよりにして得意になっているものであるが、少年時代は才子といわれるよりもむしろ愚鈍の方がよい。ちょっと見たところでは、他日業成った後を見よ、少年時代の才子が今は才子でなく、愚者が実は愚者でないことに気がつくであろう、と若いうちに努力せよと説いているのである。

幕府が長州征伐をやった時、大阪に居た藩王の毛利邸の家が没収されてしまった。その後木戸孝允(桂小五郎)が大阪へ行って不遇な藩王を思い、涙ながらに作った詩がこれである。

018-2.gif

<訳>天道は未だいづれが是か非か判からない、真黒な雲は四方つまり天下を閉して日の光(天意にもとづく正義)も地上を照らしているが心細い。

かつて我が主君の邸宅は看れども見えない、折りから降って来た春雨が私の涙と共に私の着物をぬらすのである、と嘆いている詩である。

戌辰は明治元年である。木戸孝允が明治元年に日本の国事を思うて忠君愛国の情を詠じた絶句である。

018-3.gif

<訳>過ぐる年に幕府の千軍が我長州の国境に迫ったことがあった。今は私は天皇陛下の命を奉じて一剣を携えて他国へ入るのである。頭を回らして考えてみると世の中の移り変りは激しいことで、まるで夢のようである。而し依然として変らないものは我が鉄の腸であり我が精神である。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION