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<精神性から主題(テーマ)性へ>

従来、剣詩舞の表現内容については、とかく観念的な精神性を尊ぶ傾向が見られた。こうした考え方を真向から否定するわけではないが、例えば剣舞に多く見られる傾向として、詩文を武士道の精神性に結びつけ、戦意高揚的な居合・抜刀術の連続動作が振付の基(もと)になって、詩の本来の意味を見失ってしまうことがある。紙面の制約で具体的な指摘は避けるが、それらの詩文に述べられた作品の主題を掘り下げるために、とかく陥(おちい)りやすい主観から一歩身を退いて、客観的に作品を読みとることと、更にその作品を現時点で剣詩舞作品として演じることの価値を舞踊美学的な立場で考えにいれたい。勿論、主題性を探求していくと、詩文の字句と振付の動作とが一致しない場面にめぐり合う事もあり、当て振り的な表現に慣(な)れた人達は当惑する場合もあろう。こうしたときの表現技法は、主に具象的なものが多いと思われるから、振付の発想を抽象技法に転換して、更に深味のある動きで主題を表現すべきであろう。

<刀剣の見直し>

剣舞家にとっては、少々おだやかでないテーマだが、意とするところは、従来の刀剣にたいする種々なこだわりからの開放である。

さて従来の剣詩舞の動きの中には、古来よりの刀法や礼法を舞踊的に磨き上げていくと云いながら、実際には舞踊性よりも刀に対する精神性に偏(かたよ)った振付が多く見られた。しかし現代のテレビや映画で見られる写実的な剣技の映像や、歌舞伎や時代劇の立回りは、ほとんどが自然体を主流にして、刀法や礼法と云ったこだわりを感じさせない動作が見られる。一方、最近では外来の芸能として中国の京劇など広い範囲での剣技に接することが出来るが、それらの写実演技や創作された様式的な演技は舞踊美学的にもすぐれたものが数多くみられるようになった。

さて、剣詩舞の将来像として前述の様な剣技の模倣を推奨しようとする考えはないが、見習いたいのは刀剣に対する必要以上のこだわりをもたずに、剣技を舞踊表現に巧みに活用している点である。

また剣舞の名称のこだわりからか、刀剣一辺倒の観念が迫力や変化を必要とする演舞表現を狭(せま)いものにしている。武器にしても、槍、長刀、棒、双刀などを効果的に活用する一方、武器の抽象表現を考えれば、能の仕舞や日本舞踊の素踊りの如く、扇を武器に見立てた剣舞が創(つく)られても決して不思議ではなく、こうしたこだわりを氷解することも期待したい。

さて、また別な観点から論を進めるが、剣舞の舞踊的表現とは、その刀法では“人が斬れるか斬れないか”が最重要課題なのではなく、舞踊的な迫力で必殺の演技を如何に見せるかというテクニックが大切だと思う。勿論そうした舞踊行為が、武人としてのマナーを充分考慮することを前提にしたい。

<振付権の見直し>

我が国では、芸能を伝承普及する目的で家元または宗家・会長が流儀(流派・会派などの別称がある)団体を作って門下生を育成してきた。この組織の運営は家元が中心になって行うが、流儀の芸能の見直しや、新たな創作(舞踊では主に振付)も、その権限は大体家元が司(つかさど)るとされてきた。しかし近年、一部の芸能界では、この振付権に対して、個人の芸術的主張がかなり容認されるようになり、新たな作品は、その企画者が自由に振付することを流儀が許すようになった。こうした振付権の問題は、基本的には個人の芸術活動を尊重するといった欧米の舞踊界と同様な考え方で日本舞踊界では“新舞踊運動”が起こった大正末から昭和初期にかけてと戦後が顕著で、現在もかなり自由になっている。但し能などの古典芸能界は日本舞踊の様に開放的ではない。

さて本論に戻って、剣詩舞界に限ってこの問題を考えてみると、方向としては一応秩序ある解決策を各流儀が立て、外部からの干渉は避けるべきであるが、特に留意したいのは、最近剣詩舞の舞踊表現技術が日々芸術的に向上し、これに多くの目を向けることによって、流儀全体の舞踊美学を向上させる必要があろう。さて以上述べた枠の中で試案を列挙して本稿のまとめとしたい。

1] 伝承された流儀の古典作品については、本稿(一)「現代剣舞への道」及び(二)の「現代詩舞の道」に述べた各項を家元の責任で見直し、且つ流儀の特徴を反映させると共に、門下への浸透を計る。

2] 新しい作品の振付については、前項同様に家元の責任で振付権を瑠保するか、又は当事者に委譲するかを、原則にとらわれず個々に応じて認める。

3] 流儀伝承作品を、門下当事者が演出上の理由等で新たに振付たり、又は家元に対して新振付を求めた場合は、芸術性の向上に役立つならばなるべく認める。コンクール等の作品振付も同例とする。

 

 

 

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